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連載・特集

[考 fromヒロシマ] 捕虜収容所と民間人抑留所 POW研究会 掘り起こし事典刊行

日本国内にも「負の遺産」

 アジア太平洋戦争下の旧日本軍による占領地での捕虜虐待は映画に何度も描かれてきた。米国での日系人の強制収容も知られている。だが優に100を超える捕虜収容所と民間人抑留所が国内にあった事実をどれだけの人が知っていよう。戦争捕虜の調査を続ける「POW研究会」がその全容を「事典」にまとめた。歴史のひだに埋もれた断片を掘り起こし、向き合う重みを考えさせる。(森田裕美)

 開戦直後、アジア太平洋地域に占領地を広げた旧日本軍は米国、英国、オランダなど連合国軍兵士約16万人を捕虜に。その一部は労働力不足を補うため日本に送られ、生きてたどり着けた約3万6千人が日本国内の造船所や炭鉱などで働かされた。劣悪な環境で約1割が命を落とした。対戦国の国籍を持つ在日外国人約1200人も抑留された。

 995ページに及ぶ「捕虜収容所・民間人抑留所事典―日本国内編」(写真・すいれん舎)は、そうした歴史を総論で解説し、全国130の収容所と主要な29抑留所などの各説を網羅する。

 収容所・抑留所が存在した期間は3年半から1カ月足らず。施設の多くは現存しておらず、地元でさえ知られていないケースも多いそうだ。

 事典では、連合国軍総司令部(GHQ)文書などを手掛かりに施設の位置を特定し地図を掲載。開設から閉鎖までの年表や使役組織、どこの国の捕虜が何人いてどんな生活を送ったのか、何人亡くなり何人帰国できたか―などを詳しく解説した。関係法令など付録史料も充実しており、全体像の理解も助ける。

 執筆したのはPOW研究会事典編集委員会の20人。捕虜問題に関心を持つ市民で2002年結成した研究会は、敗戦直後の公文書焼却などで日本側に記録が極めて少ない中、海外に残る文書や元捕虜の回顧録といった資料を丹念に当たり、現地調査や当事者の聞き取りを続けてきた。情報を積み上げながらウェブサイトで公開。それを端緒に、元捕虜や遺族とも交流を深め、さらなる情報を集めてきた。事典はその集大成ともいえる。

 中国5県の捕虜収容所では尾道市の因島と向島のほか山口6カ所、岡山1カ所の収容所が紹介されている。

 「戦争という大きな歴史の中で捕虜や抑留者の問題は小さな断片かもしれないが、ひとたび戦争が起きればどれだけの人にどれだけ深い傷が残るか知っておくべきです」と編集委員の一人で研究会共同代表・事務局長の笹本妙子さん(75)=横浜市。研究に没頭する契機となった同市の英連邦戦死者墓地を案内してくれた。

 小高い丘に整然と並ぶ無数の墓標。亡くなった英連邦兵士の名や命日が刻まれている。現在の英国、オーストラリア、カナダ、インドなどの出身者だ。放送作家をしていた笹本さんは自ら史料を集め一人一人の来歴を調べてきた。「生還を果たした人もまた心身に傷を負い、日本への憎しみを抱いて戦後を生きた」ことも痛感したという。ウクライナやパレスチナ自治区ガザで戦禍が続く今も同じことは起こり得る。「私たちは過去から学ばなくては。この事典が、想像力を働かせ戦争を食い止める一助になれば」と訴える。

 事典は、日本社会の一員として暮らしていたのに、戦争によって「敵国人」とされた在日外国人の抑留にも紙幅を割く。

 日本では対米戦争にばかり目が向きがちだが、「あの戦争で日本がいかに多様な外国人を敵としたか再認識させられる」と執筆に当たった小宮まゆみさん(72)=同。

 事典に詳述された三次市の抑留所には、初期にベルギー人や米国人の聖職者、後に日本海軍が拿捕(だほ)したオランダの病院船の乗組員や医療従事者らが収容された。小宮さんは「記録することで多くの人に共有される歴史となり、広く語り継いでもらえる」と思いを込める。

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英国人元捕虜 因島での苦難 103歳の父に代わり息子がたどる

 3月。POW研究会の小林皓志さん(84)=福山市=を頼ってオーストラリアに暮らす英国人ダンカン・ラプスリーさん(65)が自身の息子と友人を伴い尾道市因島を訪れた。因島収容所にいた元捕虜の父ロバートさん(103)は高齢で来日がかなわなかった。

 小林さんの案内で捕虜が働いた造船所や収容所跡、亡くなった捕虜を手厚く葬った寺などを見て回った。住民らが慰霊の銘板を設置した向島の収容所跡地も歩いた。

 ロバートさんは戦争体験をほとんど語らず、ダンカンさんが長い時間をかけて少しずつ聞き出しているという。「父の若き日の苦難を知りたかった。その後の父に大きな影響を与えているはずだから」と語る。

 来日する元捕虜の案内を90年代から続ける小林さんはこれまで、日本への憎しみを抱えたままの元英兵らも案内してきた。だが小林さんが歴史を踏まえ、心を込めて向き合うと「戦中の日本とは違うと伝わり、相手の心が和らぐ」という。帰国後に「日本兵に追われる悪夢を見なくなった」と言われたこともある。

 近年小林さんを訪ねてくるのは子や孫世代だ。「彼らは父や祖父の体験を知り受け継ごうとしている。負の歴史に目を向けるのはつらいが、日本でも省みる必要がある」と言葉を継いだ。

(2024年4月16日朝刊掲載)

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