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連載・特集

緑地帯 佐藤正治 音楽のミューズとともに⑦

 広島の原爆で亡くなった河本明子(当時19歳)が愛奏していたピアノが修復され、公開されたのは2005年のチャリティーコンサートだった。アルゲリッチ、ピーター・ゼルキン、萩原麻未たち、世界的ピアニストが弾いた「明子のピアノ」を聴くと被爆遺品というよりも品格を備えた芸術品と感じる。

 ところで「明子のピアノ」の海外発信に強力なパートナーが現れた。岩波ブックレット「明子のピアノ」の著者でベルリン在住の中村真人が仲介した、ドイツの台本作家ゴルトベルク夫妻だ。夫妻は「戦争によって引き裂かれた弾き手を、楽器は記憶しているか?」をテーマとして、コントラバス、バイオリン、ピアノの三重奏と朗読による作品「借りた風景」を制作した。このタイトルは日本庭園の「借景」という概念からインスピレーションを得たという。

 物語には、第2次世界大戦前夜ポーランドに置き去りにされたコントラバス、ハンガリーに残されたバイオリン、広島で被爆した「明子のピアノ」が登場する。夫妻が作曲を依頼したのは英国在住の藤倉大。20年、ピアノ協奏曲「明子のピアノ」を発表している作曲家だ。

 「借りた―」は22年6月にドイツのラジオ局で放送され、23年11月にはニューヨークのイサムノグチ美術館で舞台上演による米国初演が実現した。来年は被爆80年。「明子のピアノ」も出演して、「借りた―」の日本初演が広島市で開催される予定だ。(KAJIMOTOプロジェクト・アドバイザー=東京)

(2024年4月18日朝刊掲載)

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