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連載・特集

緑地帯 平野薫 ものの声③

 ベルリンの暮らしの中で、歴史という大きな話の中にも、ひとりひとりの話があることに気づいた私は、旧東ベルリンに住む家族を探して作品をつくることにした。

 私は人が身につけた服や傘などの布を一本一本糸へとほどいて、むすんだりあんだりして順番に並びかえる。人が身につけた布には、その人の痕跡=気配が残っていて、その布をばらして並びかえることで、気配の主は不在のままに、その存在をふたたびそこに立ち現せる。

 1961年から89年まで壁により東西を分断されたベルリンの時代を作品にするために、3世代以上を旧東ベルリンに暮らす家族を探した。すぐに見つかると思っていたが見つからない。人の移動が多いベルリンに長く住んでいる家族は多くないらしい。そんな中、当時通っていたベルリン芸術大学に、旧東ベルリン出身のクラスメートがいた。彼の実家は、プレンツラウアーベルクにある。そこは今は若者が集う華やかな地区だが、分断時代は老朽化した建物が並ぶ薄暗い地区だった。

 その彼の実家で、お父さんと妹から服をもらい、施設に入っていたおばあさんを訪ねた。私が花をもって訪れた時、食事中だったおばあさんは、ゆっくりと昔の話をした。そして、クローゼットからきれいにおりたたまれた白地に小さなオレンジ色の水玉模様のネグリジェをもらった。同じ地に生まれながらも、それぞれの時代を生きてきたひとつの家族の肖像とした。(美術作家=広島県安芸太田町)

(2024年4月25日朝刊掲載)

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