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連載・特集

緑地帯 平野薫 ものの声④

 2016年に、アウクスブルクとボホルトの紡績工場跡の博物館で、イスラエル出身のガリ・クナーニとの二人展に参加した。クナーニは、古着をほどいて、その糸をもう一度織機で織りなおす。かつて紡績工場だった場所で、イスラエルと長崎出身の、古着をほどくという同じような方法で制作をしているアーティストの展覧会ということだ。

 紡績工場だった両博物館には、古い紡績機や織機などが展示してあり、テキスタイルの歴史と生産について見ることができる。特に紡績と織の両方に長い歴史をもつボホルトは、Aaという川を挟んで紡績工場と織物工場跡がある。昔は川を使って物資を運んでいたのかと思ったが、Aaは舟には小さ過ぎるそうで、馬、もしくは人が背負って足で運んでいたらしい。敷地内には、工場の労働者の住居も、当時の生活のままに展示してある。その生活はとても貧しく、ひとつの家屋に所狭しと何人も住み、食料の確保のために畑で野菜をつくり、うさぎや鶏などの動物も飼っていたそうだ。

 このふたつの紡績工場も、綿工業の技術革新と、蒸気機関の発明によって起こった産業革命という世界の大きな流れの中にあったと言っていいだろう。

 広大な工場跡の、今はミュージアムショップのタオルを織っている古い何台もの織機のがしゃがしゃという音。私はその音を聞きながら、布というのぞき穴から、世界の一ページを見たような気持ちになったのだ。(美術作家=広島県安芸太田町)

(2024年4月26日朝刊掲載)

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