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連載・特集

緑地帯 平野薫 ものの声⑤

 2017年、ドイツの紡績工場跡の博物館で展示をした翌年、私はゲルゼンキルヘンという街のクンストフェラインのグループ展に参加した。クンストフェラインとは、古くは18世紀のドイツで設立された市民主体の芸術協会のことだ。現在は300を超える協会がある。

 私はその街での約2週間、ペトラという協会のメンバーの家に滞在した。展覧会の準備の合間、ペトラは、昔炭鉱のあったその街を、深緑色のクラシックミニで案内してくれた。石畳を走る車のガタガタという振動が昔の馬車を思い起こさせる。深くてゆっくりと流れるライン運河。かつての炭鉱をアーティストのスタジオとしているクンストラーツェヒェ。炭鉱のごみ捨て場、植物が生えないボタ山の頂上に高さ10メートルの彫刻「天国への階段」が置かれたハルデ・ラインエルベ。そしてホールの壁一面がイブ・クラインの青で覆われたオペラハウス。

 ある日「今日は少し遠い特別なところへ行く」と言ってペトラは隣町のエッセンにあるツォルフェラインに連れて行ってくれた。ツォルフェラインは1851年から1986年まで採炭された炭鉱で、世界遺産にも登録されている。私は、その恐ろしいほどに巨大な産業遺産に思考が停止するほどに慄(おのの)いた。いったい人はどれだけのものをつくっては、捨てているのだろうか。そして、私の父が生まれた島、長崎の高島のことを考えていた。くしくも高島炭鉱も、1986年に閉山している。(美術作家=広島県安芸太田町)

(2024年4月30日朝刊掲載)

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