×

連載・特集

緑地帯 平野薫 ものの声⑥

 私の祖母は、大正10年、長崎県生まれ、戦争を体験した世代だ。きのこ雲を見たと一度だけ聞いたが、戦争の話はほとんど聞いたことがない。その祖母が、2018年に他界した。

 祖母の部屋の古い木の簞笥(たんす)。一番上の引き出しに、思い出が大切に入れてあった。父や私たち孫の子供の頃の写真、日記帳、切手帳やパスポート。

 その中には、戦争の記憶もある。軍人だった最初の夫と祖母が旧満州(中国東北部)で撮影した写真、そして古い茶封筒。その茶封筒には祖母の文字で何か書かれている。「たくさんの戦争体験者がなくなりました。事情を知らない家族によって大切にされてきた遺書ですので、すてないで下さい。何かを感じる事で個人の確かな歴史観を培うことが出来ると思います。兵士たちの声 21世紀にかけて」。その中には戦死したその人が、祖母と幼い娘宛てに書いた遺書が入っている。

 次の夫で私の祖父の、寄せ書きの日の丸もある。武運長久、一死奉國などの勇ましい言葉が並ぶ中、小さな文字で「平野さん元氣でいってらっしゃい」。今では真ん中に大きく書けるようなことも、当時はこんなに小さくしか書けなかったのだろうか。しかし、その小さな文字の中にこそ当時の人の本心があるようにも思える。飛行兵だった祖父は、きっとこの日の丸を戦地に持って行ったのだろう。

 戦争を語らなかった祖母が、生涯大切にしていたものたちが、戦争について語り伝える。(美術作家=広島県安芸太田町)

(2024年5月1日朝刊掲載)

年別アーカイブ