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連載・特集

ヒロシマの空白 未完の裁き <10> 原爆投下の鑑定

国申請の法学者も「違法」

 「原爆裁判」の核心は、日本の裁判所が普段は扱わない国際法の評価だった。東京地裁は提訴から5年の1960年に口頭弁論を始めると、国際法学者3人から鑑定書を出してもらった。1人は原告、2人は被告の国の申請で選ばれた。

無差別攻撃指摘

 最も重要な鑑定事項は広島、長崎への原爆投下が国際法違反に当たるか否かだった。3人がそれぞれ鑑定書を書いた。

 京都大教授の田畑茂二郎さん(2001年に89歳で死去)は国の申請で選ばれたが、「違法」と鑑定した。日本の代表的な国際法学者。外交官試験の口頭試問の試験官を長く務め、86年には元外交官である今の皇后さまも担当している。

 田畑さんは、原爆使用を直接禁止する国際法がなかったとして合法的とみる国の主張を否定。ハーグ陸戦条約の原則などを踏まえ、広島、長崎への原爆投下は非軍事目標に違法に被害を与えた無差別攻撃だと指摘した。

 また、「(被爆者が)放射能の影響によって今日なお悲惨な運命の下におかれ、かつ生命の危険にさらされている」と強調。同条約が禁じる「不必要な苦痛を与える兵器」の使用に当たるとした。

被爆実態も土台

 「鑑定のため核兵器の問題をすごく勉強されたようで、講義でも関係する国際法を熱を込めて話されていた」。教え子の国際法学者、松井芳郎さん(83)は当時、学生として授業を受けていた。鑑定書には原爆被害の調査報告書も参照されており、被爆実態への認識も土台になっていた。

 一方で請求権については、特定の条約で認められる例外を除き、被害者個人が相手国に損害賠償を求める資格は一般的に認められていないと鑑定した。原告は米国への請求権を放棄したとして国に賠償を求めていたが、そもそも放棄される権利がないという棄却の判断に通じる指摘だった。

 「やむを得ない判断と思うが、心苦しかったはず」と松井さん。結果的に田畑さんの鑑定は判決で最も多く参照された。

 同じく国側の申請で鑑定書を書いた高野雄一・東京大教授(04年に87歳で死去)も「違反と判断すべき筋が強い」と指摘。国の主張と同調する鑑定書ではなかった。

 原告側が申請したのは原水爆禁止運動に深く関わっていた安井郁・法政大教授(80年に72歳で死去)。原爆投下は国際法違反と断言し、国の補償責任はあるとした。

 鑑定書は63年1月までに順次提出された。同3月に鑑定を踏まえた最後の口頭弁論が開かれ、結審。裁判官3人が判決を書く合議を始めた。

(2024年5月2日朝刊掲載)

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