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連載・特集

ヒロシマの空白 未完の裁き <15> 世界への意味

核戦争で破滅 防ぐ警鐘に

 昨年5月19日、先進7カ国首脳会議(G7サミット)が広島市で開幕。7カ国の首脳たちが平和記念公園(中区)で原爆資料館を見学し、原爆慰霊碑に献花した。7カ国のうち原爆投下国の米国と、英国、フランスは核兵器を保有。日本を含む残る4カ国も米国の核抑止力に依存する国だ。

 広島を無差別に破壊した原爆による犠牲者は1945年12月末までに推計14万人±1万人。放射線の影響で白血病やがんが増え、被爆者を苦しめてきた。首脳の広島訪問は、原爆投下が国際法違反であると「原爆裁判」で判断された理由である悲惨な被害実態に自ら触れられる機会だった。

違法性に触れず

 G7首脳がまとめた核軍縮文書「広島ビジョン」は「核戦争は決して戦われてはならない」と確認した。しかし、原爆投下の違法性には触れず、核兵器禁止条約への言及もなかった。ロシアのウクライナ侵略の文脈で核の威嚇、使用は許されないと訴えたものの、「核兵器は防衛目的に役割を果たすべきだ」とも記され、米英仏の核は不問に付す書きぶりだった。

 その70年前、「原爆使用禁止」を目指して原爆裁判を提唱した弁護士の岡本尚一さんの思いとも懸け離れたものだっただろう。岡本さんは、原爆投下責任の追及に心血を注いだ根底にあった気持ちをこう詠んでいる。

 「まがつみの戦争はせじと常言ひてまた戦争する人類あはれ」

 人類は、惨禍を招く戦争はもうしないと言いつつも、結局は繰り返してきた。その人類が核戦争で自らを滅ぼし得る時代に入った。「しない」の口約束ではいつか核戦争が起き得るからこそ、原爆投下は国際法違反の過ちだと歴史に刻み、理性に基づく法の力で世界の破滅を防ごうとした。

ガザ攻撃 正当化

 被害者自らが原告に参加。法学者と裁判官の法の追究を経て、広島、長崎への原爆投下は国際法違反という裁判所の判断が導かれた。世界初であり、今も世界唯一とされるこの裁きに人類がどう向き合うかは、現在と未来の世界に関わる。

 例えば、パレスチナ自治区ガザを攻撃するイスラエル。昨年10月の米紙報道によれば、イスラエルの政府関係者は米政府関係者に、米国の原爆投下を引き合いに出して、攻撃による市民の被害を正当化したという。米国の原爆投下が合法で正しいとされるなら、ロシアなど他の保有国が核を使う格好の口実にもなる。

 その負の連鎖を断ち切るため、元広島市長の平岡敬さん(96)は原爆投下責任を問い続けるべきだと訴えてきた。市民が考える入り口として、「原爆裁判を知ってほしい」と切に願う。

 人類が破滅を防ぐための警鐘として残された原爆裁判判決。私たちの継承が問われている。(編集委員・水川恭輔) =おわり

G7広島サミット
 2023年5月19~21日に広島市で開催。核兵器を持つ米英仏3カ国を含む7カ国と欧州連合(EU)の首脳が出席し、岸田文雄首相が議長を務めた。初日に首脳がそろって平和記念公園(中区)を訪れて原爆資料館を見学し、被爆者と面会。原爆慰霊碑に献花し、原爆ドームを眺めた。同日、核軍縮に特化した初の合意文書「広島ビジョン」をまとめた。

(2024年5月7日朝刊掲載)

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