×

連載・特集

妖怪を考える 「ゲゲゲ」人気再騰 <下> 心の豊かさ 取り戻すきっかけに

「殺したくない」 創作の基軸に戦争体験

 昨年11月に公開された映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」のヒットを受け、境港市出身の漫画家水木しげるさん(1922~2015年)の描いた妖怪に再び脚光が当たっている。過酷な戦争体験を経て、命の大切さへの思いを作品に込めていた水木さん。創作に打ち込む姿を見守り続けた家族は、その思いが現代社会に広く届くことを願う。(山田祐)

水木しげるさんの長女・原口尚子さん(61)=東京=に聞く

  ―映画の人気をどう受け止めていますか。
 水木作品になじみがなかった人たちも鑑賞してくれました。漫画「ゲゲゲの鬼太郎」や、水木の過酷な戦争体験を題材にした「総員玉砕せよ!」を新たに買ってくれる人が増えたことが何よりもうれしいです。

 映画は特に女性の間で人気が高まりました。交流サイト(SNS)を見ると、それぞれの考察がたくさん投稿されています。主要人物のサラリーマン「水木」と鬼太郎の父の友情が育まれる過程を楽しんでもらえたようです。

 水木しげるは既に亡くなっていますが、現代の人に好んでもらえる形で鬼太郎を発信できました。戦争体験も適度に反映され、バランスの良い作品に仕上げてもらったと思います。

  ―妖怪への親しみも広がりそうですね。
 水木は漫画「ゲゲゲの鬼太郎」と並行し、妖怪画の創作をライフワークにしていました。妖怪とは「昔の人の思っていたことが形になったものだ」と言い、各地の伝承をできるだけ忠実に踏まえ、千種類近くを描いています。

 オリジナルキャラクターの鬼太郎は事情が異なります。少年漫画誌で連載するに当たり、戦う少年として主人公を描くよう編集者に求められたそうです。水木にとって妖怪は必ずしも悪の存在ではなかったので、戦わせることは本意ではなかったのです。

 幼かった私の妹がある日、水木に「どうして(作中の)妖怪は死なないの」と聞きました。鬼太郎に退治された妖怪は封じ込められたり、元いた場所に戻ったりしますが、死ぬことはありません。

 水木は「戦争で死んだ人をたくさん見てきてるから、漫画の中の妖怪であっても殺したくないんだ」と答えたそうです。戦地での悲惨な体験を創作の基軸に置いていたのです。

  ―幼少期から親しんだ妖怪にメッセージを込めていたのですね。
 境港市の水木の実家近くに住んでいたおばあさんから妖怪の伝承を聞かせてもらったのに加え、地元の菩提(ぼだい)寺にあった「地獄極楽絵図」との出合いにも大きな影響を受けました。時間がたつのを忘れるほど見入っていたそうです。この世とは違う世界がある、ということを思ったのでしょう。

 深夜営業の店が増えるなど何でも便利になり、都市部を中心に「暗闇」がなくなりつつあります。水木は「電気が妖怪を消した」と言っていました。

 妖怪を生み出すのは、社会のちょっとした隙間です。「全てを理詰めで割り切ると気持ちが豊かになれない」という水木の言葉が、科学万能の世の中に響きます。今、電車に乗るとみんながスマートフォンに目を落としています。私自身も同じですが、日常の中で何も考えずにぼうっとする時間が失われています。

 SNSでは匿名での誹謗(ひぼう)中傷が飛び交います。まるで人間が、悪い意味での妖怪になってしまったかのようです。

 古来、人々の日常の中にいた妖怪とは、恐れられるだけではなく、想像力をかき立てて心を豊かにしてくれる存在だったはずです。今回の映画のヒットを通し、水木が描いた妖怪の魅力を多くの人に感じてもらえたらと願います。

 ≪メモ≫境港市の「水木しげる記念館」が4月にリニューアルオープンした。鉄骨2階延べ約1600平方メートルの真新しい建屋には、「ゲゲゲの鬼太郎」など作品関連の資料に加え、水木さんの少年時代や戦地での過酷な体験、漫画家としての歩みを紹介するパネルが並ぶ。原口さんが取締役を務める水木プロダクションが新たに運営に加わった。

 企画展示室は半年ごとに内容を変える。第1弾のテーマは「鬼太郎の誕生」。今回の映画とも重ねて楽しめる内容になっている。

(2024年5月6日朝刊掲載)

年別アーカイブ