連載・特集

　広島県内で「坂のまち」と言えば、尾道を思い浮かべる人も多いだろう。ただ、呉で暮らすと、こちらも負けず劣らず坂が多いことに気付く。旧海軍呉鎮守府の開設を機に人口が急増したが、平地が少ないため山の斜面に住宅地を広げてきた。そんなまちを記者が歩き、人々の生活や歴史に触れる。今回は、市が町並みを文化財の対象にと検討している両城と、隣接する川原石の両地区を紹介する。（栾暁雨、開沼位晏） <br><br> 　両城山から見える景色はすごい―。そう聞いて向かったのは映画「海猿」のロケ地にもなった「両城の２００階段」。ＪＲ呉駅の北西７００メートルに位置する両城小近くのスタート地点から上り始めた。 <br><br> <strong>斜面に並ぶ住宅</strong><br><br> 　実際は２３０段近くあるという階段を見上げると、４５度はありそうな急傾斜。両脇には山肌に張り付くように民家が立つ。鍛錬を怠り気味の記者２人は５０段を過ぎたころから息が上がる。立ち止まって下を見ると足がすくんだ。 <br><br> 　心を奮い立たせて上り切ると一気に視界が開けた。標高約５０メートルの場所にあるビューポイントからは、造船所の大型クレーンや船舶が行き交う呉港、山の斜面に住宅がひな壇のように並ぶ「階段住宅」の景色が広がる。近くの住民は「ちょっとしたデートスポットなんよ」と教えてくれた。 <br><br> 　山頂に向かって進んでいる途中、空き地に座って景色を堪能する３人組がいた。「階段萌（も）え」という広島市西区のパート女性（４３）が、沖縄県から旅行中の知人親子を案内したという。浦添市の宮城千津子さん（７４）は「尾道もすごいけど呉もここまでとは。もっとＰＲすればいいのに」と笑った。確かに、地元の人しか知らないのはもったいない。 <br><br> 　さらに歩を進めると北九州市から来たというセラピストの女性（３６）に出会った。頂上付近にある寺を訪れてきたという。女性によると、交流サイト（ＳＮＳ）でひそかな人気のスポットらしい。 <br><br> <strong>県外や海外から</strong><br><br> 　県外や海外からの訪問者も増えているという「観音寺」。絶景を楽しみながら写経体験ができるとのことだ。この女性も大和ミュージアムなど呉市内の他の観光スポットには目もくれず、ここだけを目当てに車を飛ばして来たという。 <br><br> 　５代目住職の宇佐川直登さん（６４）によると、真言宗の寺で明治後期に建立された。戦時中は戦艦大和などを建造する旧呉海軍工廠（こうしょう）の様子が見えたため軍に接収されていた。宇佐川さんは「縁がなくても気軽に訪れてもらいたい」と、ＳＮＳでの発信や写経体験に力を入れていると話す。 <br><br> 　せっかくなので写経に挑戦してみた。案内された写経室からは街と湾が一望できる。輪袈裟（わげさ）と念珠を着け姿勢を正して、薄く印刷された「般若心経」を筆ペンでなぞっていく。２６２文字を１文字ずつ、丁寧に。没頭していると、不思議と気持ちが穏やかになる。講話を含めて約２時間の滞在。絶景と写経に癒やされた。 <br><br> （２０２４年５月４日朝刊掲載）