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連載・特集

緑地帯 平野薫 ものの声⑧

 私は、祖母や父から昔の話を聞くことをあまりしなかった。戦争や原爆など、人の過去については、ふれてはいけないことだと思っていた。そして、ベルリンでの生活や、いろいろな国の人と会う中で、世界についても、日本についても、何も知らない自分に愕然(がくぜん)とした。

 2018年に祖母の遺品を手にしたことで、教科書の中の戦争が急に身近な話となった。長崎で生まれて、広島で学生時代を過ごした私は、戦争というと原爆などの、どちらかというと被害の話を耳にすることが多かった。祖母の遺品には、戦死したひとり目の夫と、私の祖父、ふたりの戦争の記憶がある。軍服を着た祖父の写真。飛行兵だった祖父は、あの戦争で、空の上から何を見たのだろう。

 いなくなった者は、もう語らない。祖父も祖母もいなくなった今、のこされた物から知るしかないことがある。

 いなくなった者たちが、のこした物の声をきく。いなくなった者たちの声、その声は、いなくなった者がのこした物の中にある。

 私は、祖母の遺品を手にしてから、その中にある記憶をたどろうとした。だけど、その記憶がはっきりとするにつれ、私の中でふわふわと浮かんでいたシャボン玉のようなイメージが、パチンと弾けて消えてなくなるようなのだ。

 物から聞こえる小さな声。その声をつなげることで、その者たちの話を、私は紡いでゆけるのだろうか。(美術作家=広島県安芸太田町)=おわり

(2024年5月3日朝刊掲載)

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