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連載・特集

時の碑(いしぶみ) 土田ヒロミ「ヒロシマ・モニュメント」から <10> 広島城跡のユーカリ(広島市中区基町)

中沢啓治作の漫画に登場

 広島城跡(広島市中区)のうち、二の丸と呼ばれる南側の区画に生えている被爆樹木。市のホームページにあるリストによると、被爆樹木で生き残っているユーカリはこの木だけという。

 原爆資料館(中区)が所蔵する資料に、被爆後約2カ月の姿を捉えた写真がある。爆風で枝を吹き飛ばされたらしく、電柱のように裸になった幹が痛々しいが、その幹にしがみつくようにわずかに葉が生えている。がれきと焦土の城内で、思わず目が留まる命の息吹。励まされた被爆者もいたかもしれない。

 「はだしのゲン」で知られる漫画家の中沢啓治(1939~2012年)は、この木に着想した作品「ユーカリの木の下で」を残している。1977年、少年誌に連載。のちに単行本化され、「平和マンガ」のシリーズに収まった。

 東京で暮らす主人公、本堂源二は、広島に住む母の葬儀のため息子を連れて帰郷する。被爆体験を胸の底にしまい、息子にも隠してきた源二だが、やはり被爆者だった母の遺灰を見て原爆への怒りが湧き上がり、考えを改める。

 息子と訪れた広島城跡で、幼い頃、樹上で遊んだユーカリが今も生きているのに感動。軍国少年だった戦中、そして被爆の惨状の記憶を、意を決して息子に語る―という物語だ。戦争にひた走った日本社会の責任を問いただし、読後感は重い。

 写真家の土田ヒロミさん(84)がこの木を最初に撮影した79年時点では、幹が途中で折れているが、若い枝が勢いよく上空へ立ち上がっている。71年、台風により地上2・5メートルで折れ、樹勢が回復するか危ぶまれたが、原爆被災をも乗り越えた生命力は健在だった。

 2019年の写真では、見違えるほど枝葉が増え、大樹の風格を宿す。幹の根元の周囲は現状で約5メートル。鎌の刃のような形をした葉がさわさわと風に揺れ、涼しげな影を落とす。

 広島城跡の西に今年2月、新サッカースタジアム「エディオンピースウイング広島」が開業した。試合のある日には、この木の辺りまで遠く歓声が聞こえる。

 漫画「ユーカリの木の下で」では、キリスト教会の鐘が聞こえてくる設定になっている。空にカ~ン、カ~ンと音が響く中、夕日が照らす木のシルエットの脇で、源二が息子に「戦争をよろこぶやつらとたたかっていくんだぞ」と諭すシーンで終わる。(道面雅量)

(2024年5月3日朝刊セレクト掲載)

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