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連載・特集

緑地帯 西元俊典 地域発 総合出版社④

 「忘れ去られた戦前の広島の記憶をよみがえらせたい」。講演者の言葉に私は思わず身を乗り出した。2022年7月のことである。「城下町広島の歴史講座」は定員100人を超えたため、抽選となるほどの人気ぶりだった。講演者は中道豪一さん(神道学博士)。演題は「忘れ去られた旧暦6月17日の広島―御供船・火振り・厳島大明神・高ちょうちんなど」。戦前の広島の人々の暮らしや価値観を、生活文化の領域で祭りや行事の事例とともに紹介。原爆で断ち切られた広島の歴史との関連を探る興味深いものだった。

 戦前の広島は、旧暦6月17日に行われる厳島神社の管絃祭の時、町単位で管絃船の御供をする豪華な飾り船を出し、川岸は多くの観客であふれた。京橋では、殺到した観客の重みで橋が倒壊したこともあったらしい。

 現在の平和記念公園は戦前、繁華街だった。噴水「祈りの泉」周辺には、浄土宗の大伽藍(がらん)・誓願寺があり、厳島大明神が勧請され、相撲も催されるなど多くの参拝客でにぎわったという。平和記念公園は元々祈りの地であったのだ。

 そこには祈りとにぎわいに満ちた豊穣(ほうじょう)な広島の姿があった。歴史を語り継ぐ大切さを感じた私は出版を決め、編集作業を開始した。江戸期の絵図、明治後期と戦前の昭和の地図に神社仏閣などの史跡を図示し、現代地図とリンクさせ、広島デルタを散策できる19のモデルコースを設定した。刊行した「古地図と歩く広島」は増刷となった。(南々社代表=広島市)

(2024年5月10日朝刊掲載)

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