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社説・コラム

『潮流』 難題への知恵

■論説委員 吉村時彦

 長らく記者をしていると、難題をまとめるために約束事をはっきりさせぬまま手打ちする場面に出くわすことがある。

 2005年に旧山口市と小郡など4町が合併した際の合意もそう。新市の庁舎建設地は「(小郡にある)新山口駅周辺が適地との意見を踏まえる」という付帯決議が合併条件として記された。

 だが時を経て、新庁舎は旧市街地にある現庁舎隣に建設が進む。その曲折はさておき、合意は庁舎適地にこだわって合併そのものを破談にすることを避けたかったのだろう。私自身ははっきりさせたい性分だが、難題を先送りしつつ、合併話をまとめた先人たちの結論にはなるほどと思う。

 その山口市が観光客誘致にとりわけ力を入れる台湾にも同じような知恵がある。「台湾は中国の一部」という中国側の主張に異を唱えない一方で「台湾の民主主義を堅持する」という米台外交の「曖昧戦略」である。

 台湾を武力で守ると言えば中国との軍事衝突の危険がエスカレートしかねない。だから米国は明言しないのだが、台湾が浮足立つこともない。

 対中関係を荒立てない共通認識を双方が持っているからだろう。台湾人の政治評論家に聞くと、有事の危険性を指摘してやたら騒ぐのは、台湾では武器商人ら一部の先鋭的な人たちという。

 台湾の防衛費は3兆円足らず。ほぼ8兆円に膨らんだ日本よりはるかに少なく、中国の侵攻を受ければ台湾だけで抵抗するのは難しい。だからこそ深慮が必要なのだ。

 20日に就任する頼清徳新総統は独立志向が強い政治家とされる。就任式のメッセージで、したたかな曖昧さが求められる対中政策に、どんな知恵を示すのだろうか。

(2024年5月11日朝刊掲載)

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