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被爆ピアノ 対話しながら 「かてぃん」角野隼斗さん 広島で即興演奏

「ポジティブな音色」 明子さんに思い

 「アルゲリッチさんから『明子さんのピアノ』のことを聞き、弾いてみたいと思った」―。ニューヨークを拠点に活躍する人気ピアニストの角野隼斗さん(28)が広島市中区の平和記念公園のレストハウスを訪れ、被爆ピアノと対面。原爆で亡くなった少女の面影に思いをはせながら、メロディーを紡いだ。(桑島美帆)

 角野さんは12日、広島市であった広島交響楽団の公演を鑑賞。ソリストとして出演した世界的なピアニストのマルタ・アルゲリッチさんと交流し、翌日、急きょレストハウスを訪問した。

 2階のカフェに常設展示されているピアノに歩み寄ると、音色を確かめるように鍵盤をゆっくりと弾き始めた。やがて、メロディーはバッハのカンタータ「羊は安らかに草を食み」に。「すてきなピアノですね」とつぶやいた後、故坂本龍一さんの「Andata」をひそやかに、祈りを込めるように奏でた。

 ピアノの所有団体であるHOPEプロジェクトの二口とみゑさん(75)たちが、1926年に米国で製造されたボールドウィン社のピアノで、19歳で被爆死した女学生・河本明子さんの遺品であることを説明。角野さんは、ピアノの側面に残る被爆痕をじっと見つめた。

 その後再びピアノの前に座り、約8分にわたって即興で演奏。流麗な指使いで優しく、ときに感情を込めて、多彩な情景が浮かぶ旋律を醸し出した。

 「明子さんと同じ時代に立ち、対話しているかのような錯覚を覚えた」と角野さん。ピアノの印象について「響き過ぎない、素朴な音色。特に高音は、このピアノの特長だと思う。一つ一つの間を楽しんで、かみしめていくような音楽に合うんじゃないかなと思った」と語り、「被爆ピアノというとネガティブなイメージがあるが、ポジティブな音色だと感じた」と笑顔を見せた。

 角野さんは東京大大学院修了。ピアニストとして世界各地のオーケストラと協演を重ねるほか、「Cateen(かてぃん)」名義による演奏動画がネットで人気を博し、フォロワー数は134万人を超える。

明子さんのピアノ
 米・ロサンゼルスで6歳まで過ごし、広島で被爆死した女学生河本明子さん(1926~45年)が幼いころから愛奏。戦後は明子さんの両親が保管していた。2005年、修復されて音色を取り戻し、アルゲリッチさんや故ピーター・ゼルキンさんたち名ピアニストがたびたび演奏している。

(2024年5月18日朝刊掲載)

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