×

社説・コラム

『潮流』 表に出ない声

■呉支社編集部長 鴻池尚

 「今ほど制服姿で堂々と街中を歩ける雰囲気ではなかった」。海上自衛隊のある幹部は雑談の中で、自身の入隊直後の経験を漏らした。自衛隊に対する国民の見方が変化してきているのを感じるという。

 海自呉地方隊は1954年、自衛隊の発足に伴い創設された。災害派遣などを重ねたこれまでの活動で「信頼を得てきた」と幹部は振り返る。

 7月に創設70周年の節目を迎える呉地方隊。取り巻く環境が、大きく変わる可能性が出ている。防衛省が3月、呉市の呉基地のそばにある製鉄所跡地に複合防衛拠点を整備する案があることを明らかにしたからだ。

 折しも日本の防衛政策は転換期にある。政府は「防衛力の抜本的な強化」を掲げ、防衛費を大幅に増額。跡地での拠点整備が実現すれば「設備面で金字塔のような存在になるかもしれない」(防衛省幹部)との言葉から規模感が伝わる。

 早期の跡地の一括購入を望む同省は具体的機能を年内にも示すとするが、跡地を所有する日本製鉄は「最有力の案」と既に前向きの姿勢だ。新原芳明市長も「非常に重要な選択肢」とする。

 まちの人々はどうか。「基地とともに歩んできた。企業が縮小、撤退する中で歓迎したい」との声が目立つ。一方、弾薬庫が機能の一つに想定されることなどから「攻撃の標的になる」と反対する運動も続いている。

 忘れてならないのは、本音を胸の内にとどめている人も少なくないことだ。「基地のまちでは批判を口にしにくい」「市民不在のまま話が進みそうで怖い」―。表に出る声だけが全てではない。肝に銘じ、整備案に対するまちの温度を伝えていこうと思っている。

(2024年5月21日朝刊掲載)

年別アーカイブ