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連載・特集

緑地帯 能登原由美 英国社会と音楽②

 英国滞在の開始からいきなり歴史的転換点に遭遇した。到着1週間後の9月8日、女王エリザベス2世が崩御したのだ。

 悲報が国中を巡ったのはその日の夕方。当時私は、英国の夏の風物詩、BBCプロムスの会場近くにいた。2カ月半にわたり、連日連夜コンサートが行われる大音楽祭だ。当夜はネゼ・セガン指揮、フィラデルフィア管弦楽団による公演が予定され、開演を待っていた。ニュースを知るやすぐにホールへ。

 案の定、公演は中止に。ただし、すでに来場していた観客のために国歌、エルガーの「ニムロッド」の2曲を演奏。後者は女王をはじめ、多くの英国人が愛聴する曲だ。冒頭の旋律とともに、前の座席にいた女性らが涙を拭い始める。70年の在位は歴代最長を誇る。多くの人にとって「生まれた時からいるおばあちゃんのよう」と形容されたのも納得できる。

 後日、棺が安置されたウェストミンスター・ホールへの一般弔問に参加した。この国の歴史と今を知るには最も良い機会だ。参列者の列は何キロにも及び、待ち時間は最大24時間とも言われたが、早い時期だったせいか、8時間半ほどで11世紀創建の建物へとたどり着いた。

 入館前には厳重な所持品と身体チェック。携帯電話はオフ、私語は一切禁止という厳粛さ。安息の眠りにつく魂を前にすれば当然だろう。光輝く宝冠をのせ衛兵たちに守られた棺のオーラには形容する言葉もなかった。(大阪音楽大特任准教授=広島市出身)

(2024年5月22日朝刊掲載)

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