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連載・特集

緑地帯 能登原由美 英国社会と音楽③

 音楽会へ行くのも重要な任務であった。何せ、コンサート文化が早くから発展したロンドンは、西欧音楽界の一大市場。欧州連合(EU)離脱後は縮小気味とはいえ、今なお各地から一流音楽家が来英する。日本であれば、音楽家の渡航費用も加わりチケット代は倍近い。勇んで次々と予約購入した。

 これがあだになった。この年はストライキが非常に多く、運輸ばかりか病院や学校にまで及んだほど。私の住まいはロンドンから電車で20分ほどかかる。自家用車を持たないゆえ、突如として行われる交通ストに何度もヤキモキさせられた。減便で済むのであればまだ良いが、丸1日完全に止まることも珍しくない。しかも、平日ばかりか週末、あるいはクリスマスなどの旅行シーズンでさえ行われた。

 予約した公演日にも何度もぶつかった。ただ驚いたのは、いずれの劇場、ホールもこうしたキャンセル対応に全く慣れていたこと。つまり、24時間前までに連絡すれば、その後1年以内に行われる別の公演に引き換えることができる。少額の手数料は必要だが、チケットが全くの無駄になるわけではない。新型コロナウイルス禍の混乱時に始まったシステムかもしれないが、これにより幾度助けられたことか。ただし、短期滞在となるとそれも難しいのだが。

 とはいえ、かの国でも経済格差や労働者の低待遇は非常に深刻な問題。ストを支持する人々が決して少なくないのが印象的であった。(大阪音楽大特任准教授=広島市出身)

(2024年5月23日朝刊掲載)

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