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連載・特集

緑地帯 能登原由美 英国社会と音楽④

 英国に入国した2022年の夏はまだ、新型コロナウイルス感染予防対策として欧米でも公共交通機関でのマスク着用を求める国が多かった。だがロンドンに到着すると、空港ばかりか地下鉄車内でさえほとんど誰もマスクをしておらず驚いた。それどころか、酔客にあふれるパブの内部では、皆が顔を寄せ合い大声で談笑している。

 コンサート・ホールでの光景も同じ。そもそも欧米では、クラシックの公演でさえ演奏後には「ブラボー」ばかりか口笛交じりの歓声が盛大に飛び交う。ロックダウン(都市封鎖)となった20年には多くの劇場も閉鎖されたようだが、翌年の夏にはほぼ解除となっている。以前の習慣が戻るまでにはそれほど時間を要しなかっただろう。

 少なくとも今回の滞在期間中に訪れた公演会場では、消毒液こそ随所で見かけたが、奏者への熱い声援を控えるといったムードは全くなかった。日本ではまだ「ブラボー」の自粛が求められていた時だ。意外に思うかもしれないが、ロンドンのホールや劇場の座席は狭く、前後左右とも密着しているところが多い。歴史的建造物であれば構造も古いまま、空調設備もそれほど良いわけでもない。

 ホール内では、マスクをしている人の割合が他所よりも高かった。私自身もここだけは着用を心がけていた。が、いつしか気にしなくなった。素晴らしい音楽と出合った時など、周囲につられて思わず声を上げたほどだ。(大阪音楽大特任准教授=広島市出身)

(2024年5月24日朝刊掲載)

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