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満蒙開拓・抑留体験伝える 末広一郎さん死去 98歳

 自身が体験した「満蒙(まんもう)開拓」や「シベリア抑留」の実態を、記録発行や講演活動を通して伝え続けた印刷会社会長末広一郎さんが25日、慢性心不全で急逝した。98歳だった。葬儀は本人の遺志により行わなかった。7年前からたった一人で編集・発行を続けた冊子「満蒙開拓平和通信」は4月に7号を数え、年内に次号完成を目指していたが、かなわなかった。

 末広さんは現在の広島県世羅町に生まれ、14歳で「満蒙開拓青少年義勇軍」に志願。旧満州(中国東北部)に渡ったが、肺を病み、療養中に敗戦を迎えた。現地の人々の土地を奪った満蒙開拓の実態や民を守らぬ旧関東軍、参戦してきた旧ソ連軍の横暴など「戦争の地獄を見た」という。

 その後シベリア抑留も体験し4年後に帰国。「シベリア帰り」と差別され、肺の病で職も見つからず自暴自棄になっていたとき、療養先の病院で出会った詩人峠三吉に勧められ印刷の世界へ。言論統制が厳しい占領下に峠が出した「原爆詩集」の印刷にも携わり、以来「戦争が生む不条理」の記録と発信に努めた。

 昨秋には中国新聞ジュニアライターの取材を受けて体験を語り、「過ちを繰り返してはならない」と強く訴えていた。4月には東京での満蒙開拓犠牲者の追悼式にも参加、熱弁を振るった。

 遺族によれば来月以降も講演などの予定が入っていた。先週初めにはいつも通り安芸区の自宅から西区の印刷会社に出勤し、亡くなる直前にも病院で夕食を完食したという。悲報にぼうぜんとするばかりだが、一番無念なのは本人なのかもしれない。末広さんが残した言葉に触れた私たちには伝え続ける役目がある。(森田裕美)

(2024年5月27日朝刊掲載)

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