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広響コンサート アルゲリッチと協演 特別定期演奏会 不穏な時代 投げかけた光明

 現代を代表するピアニストの一人、マルタ・アルゲリッチを迎え、広島交響楽団の特別定期演奏会が今月12日、広島市中区の広島文化学園HBGホールで開かれた。世界各地で終わりの見えない紛争が続く中、広響「平和音楽大使」の称号を戴(いただ)くアルゲリッチの演奏はまさに、不穏な時代に光明を投げかけるものであった。

 演目も演奏も実に示唆に富んでいた。冒頭はウクライナ出身の作曲家ゴノボリンの「弦楽のためのアダージョ」の日本初演。茫漠(ぼうばく)とした空気の中に醸し出される悲哀、さらに解決が順次先送りされるかのような音楽語法が、終始やるせなさをかき立てる。40年前に作られた作品だが、奇妙にも現在のかの国の惨状を彷彿(ほうふつ)とさせる。それは締めの和音にまで及び、そのまま次のマーラーの交響曲第10番「アダージョ」へ。

 とはいえ状況は変わらない。最後の交響曲となるはずであった本作を、作曲家は未完のまま残して世を去ったため、その終わりについては誰も知らないのだ。唯一完成していた第1楽章「アダージョ」が今回取り上げられたが、タクトを握ったクリスティアン・アルミンク音楽監督は、前曲から続く曖昧模糊(もこ)とした気分を打ち払うかのごとく輪郭線を大きく浮き立たせていった。だが最終盤にして一瞬の逡巡(しゅんじゅん)。締めくくりの和音一歩手前で見せた大きな溜(た)めは、見えない出口を前に嘆息する姿にも見えた。

 この閉塞(へいそく)した状況に突破口を示したのが、後半に登場したアルゲリッチだ。ウクライナ生まれの作曲家、プロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」のソロを担った。ダイナミックで歯切れの良い表現に加え、俯瞰(ふかん)的で安定感のある演奏が気持ちを前へ前へと駆り立てる。終演後、満席の会場は総立ちに。それに応えて、さらに2曲の独奏曲と上記協奏曲の一部を再び披露した。記憶に残る名演となった。(能登原由美 大阪音楽大特任准教授=広島市出身)

(2024年5月25日朝刊掲載)

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