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連載・特集

緑地帯 能登原由美 英国社会と音楽⑧

 ロンドンから北西へ約140キロの地にあるコベントリーは、第2次世界大戦時にドイツ軍の空爆で大きな被害を受けたことで知られる。とりわけ、市のシンボルとも言える大聖堂は完全に破壊され、ほぼ跡形もなく崩れた。戦後、廃虚は戦争被害を伝える場として残され、その隣に新しい大聖堂が建立された。

 1962年の献堂式では、20世紀の英国を代表する作曲家、ブリテン(1913~76年)の「戦争レクイエム」が初演された。第1次大戦で戦死した英詩人、オウェンの反戦詩を交えた歌詞を持ち、オーケストラと合唱、児童合唱、3人の独唱を擁する大曲である。「報復ではなく、許しと和解」。ブリテンは本作に、大聖堂が掲げる理念を込めた。独唱者は英、独、露から1人ずつ。戦時では敵国同士となった国々だ。初演では、ソビエト政府が自国の歌手の参加を認めなかったため実現しなかったが、曲末尾では、互いに殺し合った2人の兵士が天国で一緒に眠る様子が描かれる。

 英国滞在の終わりごろ、ブリテンの晩年の家がある海辺の小さな街を訪ねた。「良心的兵役忌避者」を表して従軍を拒否し、戦後は平和運動にも関わった作曲家の寝室には、「戦争の哀れ」をうたったオウェンの写真もあった。しかも一般に知られる軍服姿のものではなく、珍しい平時のもの。生涯を通じて反戦・非戦を掲げた作曲家は、今の世界の状況をどのように見るのだろう。(大阪音楽大特任准教授=広島市出身)=おわり

(2024年5月31日朝刊掲載)

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