[考 fromヒロシマ] 米臨界前核実験 どうみるか
24年6月3日
米国が米西部ネバダ州の地下核実験場内で臨界前核実験をしたことが5月17日明らかになり、翌日以降、被爆地広島と長崎から一斉に抗議の声が上がった。爆発を伴わない核実験を通算で34回も行っている背景に、何があるのか。どの国も核兵器に依存することのない世界の実現へ、被爆地から核保有国に向けたメッセージはどうあるべきか。有識者3人から多様な見解を聞き、自ら考える材料としたい。
「核の傘」依存 脱却訴えて
臨界前核実験には、主に三つの目的がある。①備蓄核兵器の維持管理②核兵器の近代化③爆発を伴う核実験再開に向けた準備―だ。米国は①を強調したがるが、②と③への意志があることを私たちは忘れてはならない。
核兵器の近代化のためには、実験で得ることのできる精密なデータと共に、多大な費用も必要となる。今回、米国は実験を実施したことをほどなく公表した。国内で「未批准でも包括的核実験禁止条約(CTBT)を順守し、核兵器を維持していく」と示すことで議員や国民の支持を得て、予算確保につなげようとしているのだろう。
臨界前核実験が行われる地下施設は、かつて爆発を伴う実験を繰り返したネバダ核実験場にある。臨界前核実験で使用を続けて施設を維持し、いざとなれば速やかに爆発実験を再開する準備を整えているのだ。
CTBTは、核軍縮・核不拡散を前進させる目的でつくられた非常に大切な条約。臨界前核実験を明確に禁止する規定はないものの、実施はCTBTの精神に明らかに反する。にもかかわらず日本政府が実験に抗議をしないのは、米国の「核の傘」に依存しているから。「実験は『核の傘』を維持するため」となれば、ものが言えないのだ。
実験に抗議する被爆地の声は、核兵器廃絶のための声でもある。もっと広めるべきだ。例えば、各地の非核宣言自治体が声を上げ、実験中止を求めてはどうか。強い響きとなるはずだ。同時に、日本政府に対しても、実験への反対と「核の傘」からの脱却を強く求めていくことも重要だ。(聞き手は小林可奈)
うめばやし・ひろみち
東京大大学院博士課程修了(工学)。大学教員などを経て1998年ピースデポを設立。長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)初代センター長などを歴任。
非難 CTBT前進させず
核兵器の即時廃絶という理想に照らせば、臨界前核実験はおのずと批判の対象になる。被爆者の願いとしても当然のこと。同時に、これをあえて違う側面からも考える機会としたい。
米国は、臨界前核実験を中核とする備蓄核の管理計画(SSP)などに基づいて、核兵器の信頼性を維持している。
日本を含め、米同盟国は米国の「核の傘」に依存しており、「信頼性」に疑義が生じれば独自保有を考える国が出てくる可能性は否定できない。核軍縮・不拡散への逆行となる。
米国では地下核実験なしで核兵器の信頼性を維持できないとの懸念が強く、議会はCTBTの批准を否決したままだ。そうした懸念に配慮し、CTBTは爆発を伴わない実験を禁じないことで成立した。条約推進派は「SSPにより、爆発実験を再開せず核兵器を維持できる」と強調する。臨界前核実験への非難は、条約発効を目指す上でプラスにならない。
核保有国の中でも、情報の透明性は中国とロシアの方が格段に劣る。今回のように情報を公表する米国だけが非難されることに、米国内では反発がある。トランプ政権時のように、透明性が再び後退することになりかねない。
一番の懸念は中露による爆発実験の再開。特に中国は小型核実験の意志が強いとみられる。今回の米国の情報公開は、中露にも公開を求める意図もある。
大国間で爆発実験禁止の規範が損なわれれば、北朝鮮に影響は及び、日本の安全保障が揺らぐ。被爆地は、原点の訴えと同時にCTBTの発効を求め、全ての核保有国の動向を注視し続けていると発信すべきだ。(聞き手は金崎由美)
にしだ・みちる
米ミドルベリー国際大学院モントレー校で不拡散専攻。一橋大で博士号(法学)取得。外務省軍備管理軍縮課、ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部、在米日本大使館などを経て現職。
政府と一線 被爆地の声を
広島市長時代、臨界前核実験の実施が判明するたび、その国の首脳に抗議文を送った。臨界前核実験は、核体制を維持・強化するためのもの。メッセージを発して核保有国に圧力をかけ続けることは、被爆地の責務だ。すぐに保有国の行動を変えることは難しくても、可能性を決して諦めてはならない。
市は実験を実施した国に投げかけるだけでなく、「許さない」との意志を、見えやすい形で市民と共有することが肝心だ。例えば、2017年にリニューアルする前の原爆資料館(中区)東館には、爆発実験を含めた歴代市長の抗議文が大量に展示されていた。
実験をやめさせることは核兵器廃絶の重要な条件だ。一方、それだけでは実現しない。具体的な訴えも続けたい。
その一つが、相手より先に核兵器を使わないと宣言する「先制不使用」政策の採用を保有国に促し、その同盟国にも賛同を広げることだ。全ての保有国が「先に使わない」と決めれば、核使用のリスクは一気に下がる。核兵器の役割は減り、核軍縮、廃絶への環境づくりとなる。保有国が核攻撃をする時の標的は都市。その都市が「先制不使用」を唱える意義は大きい。
日本政府は臨界前核実験に反対せず、「爆発を伴わない実験も禁止した」と解釈される核兵器禁止条約に背を向け続ける。本来、条約推進の先頭に立つべきなのに、むしろ無力化をもくろむ旗振り役となっている。市は首相官邸や外務省と一線を画し、日本政府とは違う被爆地の声を国内外に届けなければならない。翻って現状はどうか。被爆地の姿勢も問われている。(聞き手は小林可奈)
あきば・ただとし
米マサチューセッツ工科大で博士号取得。米タフツ大准教授、広島修道大教授、衆院議員などを経て1999年から広島市長を3期務めた。現在、県原水禁代表委員。
包括的核実験禁止条約(CTBT)
宇宙空間、大気圏、水中、地下を含めあらゆる空間での核爆発実験を禁じる条約。1996年に国連で採択され、現在、178カ国が批准。発効には条約交渉の時点で原子炉を持っていた44カ国の批准が必要だが、米国、中国、エジプト、イラン、イスラエルが未批准でインド、パキスタン、北朝鮮が未署名。ロシアは昨年11月に批准を撤回した。日本は97年に批准。CTBT機構準備委員会の本部はウィーンにあり、未発効ながら世界各地に核爆発実験を監視・探知するネットワークを構築している。
(2024年6月3日朝刊掲載)
NPO法人ピースデポ特別顧問 梅林宏道さん(86)
「核の傘」依存 脱却訴えて
臨界前核実験には、主に三つの目的がある。①備蓄核兵器の維持管理②核兵器の近代化③爆発を伴う核実験再開に向けた準備―だ。米国は①を強調したがるが、②と③への意志があることを私たちは忘れてはならない。
核兵器の近代化のためには、実験で得ることのできる精密なデータと共に、多大な費用も必要となる。今回、米国は実験を実施したことをほどなく公表した。国内で「未批准でも包括的核実験禁止条約(CTBT)を順守し、核兵器を維持していく」と示すことで議員や国民の支持を得て、予算確保につなげようとしているのだろう。
臨界前核実験が行われる地下施設は、かつて爆発を伴う実験を繰り返したネバダ核実験場にある。臨界前核実験で使用を続けて施設を維持し、いざとなれば速やかに爆発実験を再開する準備を整えているのだ。
CTBTは、核軍縮・核不拡散を前進させる目的でつくられた非常に大切な条約。臨界前核実験を明確に禁止する規定はないものの、実施はCTBTの精神に明らかに反する。にもかかわらず日本政府が実験に抗議をしないのは、米国の「核の傘」に依存しているから。「実験は『核の傘』を維持するため」となれば、ものが言えないのだ。
実験に抗議する被爆地の声は、核兵器廃絶のための声でもある。もっと広めるべきだ。例えば、各地の非核宣言自治体が声を上げ、実験中止を求めてはどうか。強い響きとなるはずだ。同時に、日本政府に対しても、実験への反対と「核の傘」からの脱却を強く求めていくことも重要だ。(聞き手は小林可奈)
うめばやし・ひろみち
東京大大学院博士課程修了(工学)。大学教員などを経て1998年ピースデポを設立。長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)初代センター長などを歴任。
長崎大多文化社会学部教授 西田充さん(52)
非難 CTBT前進させず
核兵器の即時廃絶という理想に照らせば、臨界前核実験はおのずと批判の対象になる。被爆者の願いとしても当然のこと。同時に、これをあえて違う側面からも考える機会としたい。
米国は、臨界前核実験を中核とする備蓄核の管理計画(SSP)などに基づいて、核兵器の信頼性を維持している。
日本を含め、米同盟国は米国の「核の傘」に依存しており、「信頼性」に疑義が生じれば独自保有を考える国が出てくる可能性は否定できない。核軍縮・不拡散への逆行となる。
米国では地下核実験なしで核兵器の信頼性を維持できないとの懸念が強く、議会はCTBTの批准を否決したままだ。そうした懸念に配慮し、CTBTは爆発を伴わない実験を禁じないことで成立した。条約推進派は「SSPにより、爆発実験を再開せず核兵器を維持できる」と強調する。臨界前核実験への非難は、条約発効を目指す上でプラスにならない。
核保有国の中でも、情報の透明性は中国とロシアの方が格段に劣る。今回のように情報を公表する米国だけが非難されることに、米国内では反発がある。トランプ政権時のように、透明性が再び後退することになりかねない。
一番の懸念は中露による爆発実験の再開。特に中国は小型核実験の意志が強いとみられる。今回の米国の情報公開は、中露にも公開を求める意図もある。
大国間で爆発実験禁止の規範が損なわれれば、北朝鮮に影響は及び、日本の安全保障が揺らぐ。被爆地は、原点の訴えと同時にCTBTの発効を求め、全ての核保有国の動向を注視し続けていると発信すべきだ。(聞き手は金崎由美)
にしだ・みちる
米ミドルベリー国際大学院モントレー校で不拡散専攻。一橋大で博士号(法学)取得。外務省軍備管理軍縮課、ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部、在米日本大使館などを経て現職。
前広島市長 秋葉忠利さん(81)
政府と一線 被爆地の声を
広島市長時代、臨界前核実験の実施が判明するたび、その国の首脳に抗議文を送った。臨界前核実験は、核体制を維持・強化するためのもの。メッセージを発して核保有国に圧力をかけ続けることは、被爆地の責務だ。すぐに保有国の行動を変えることは難しくても、可能性を決して諦めてはならない。
市は実験を実施した国に投げかけるだけでなく、「許さない」との意志を、見えやすい形で市民と共有することが肝心だ。例えば、2017年にリニューアルする前の原爆資料館(中区)東館には、爆発実験を含めた歴代市長の抗議文が大量に展示されていた。
実験をやめさせることは核兵器廃絶の重要な条件だ。一方、それだけでは実現しない。具体的な訴えも続けたい。
その一つが、相手より先に核兵器を使わないと宣言する「先制不使用」政策の採用を保有国に促し、その同盟国にも賛同を広げることだ。全ての保有国が「先に使わない」と決めれば、核使用のリスクは一気に下がる。核兵器の役割は減り、核軍縮、廃絶への環境づくりとなる。保有国が核攻撃をする時の標的は都市。その都市が「先制不使用」を唱える意義は大きい。
日本政府は臨界前核実験に反対せず、「爆発を伴わない実験も禁止した」と解釈される核兵器禁止条約に背を向け続ける。本来、条約推進の先頭に立つべきなのに、むしろ無力化をもくろむ旗振り役となっている。市は首相官邸や外務省と一線を画し、日本政府とは違う被爆地の声を国内外に届けなければならない。翻って現状はどうか。被爆地の姿勢も問われている。(聞き手は小林可奈)
あきば・ただとし
米マサチューセッツ工科大で博士号取得。米タフツ大准教授、広島修道大教授、衆院議員などを経て1999年から広島市長を3期務めた。現在、県原水禁代表委員。
包括的核実験禁止条約(CTBT)
宇宙空間、大気圏、水中、地下を含めあらゆる空間での核爆発実験を禁じる条約。1996年に国連で採択され、現在、178カ国が批准。発効には条約交渉の時点で原子炉を持っていた44カ国の批准が必要だが、米国、中国、エジプト、イラン、イスラエルが未批准でインド、パキスタン、北朝鮮が未署名。ロシアは昨年11月に批准を撤回した。日本は97年に批准。CTBT機構準備委員会の本部はウィーンにあり、未発効ながら世界各地に核爆発実験を監視・探知するネットワークを構築している。
(2024年6月3日朝刊掲載)