サカスタ開業 寺町にも人の流れ 仏法へ関心広がるか 本願寺広島別院・榮輪番に聞く
24年6月3日
広島から平和発信 願い共通
新サッカースタジアム「エディオンピースウイング広島」(広島市中区)が2月に開業し、試合日には本川を挟んだ対岸の寺町一帯にもサッカーファンの姿が目立つようになった。今月11日に日本代表の公式戦が予定されるなど、国内外から人々が集まる。スタジアム内の壁画には、寺町の風景として本願寺広島別院の本堂も描かれており、新たな人の流れが仏法への関心を広げるきっかけになり得るのでは―。同別院の榮(さかえ)俊英輪番に、思い切って尋ねてみた。(山田祐)
―対岸でのスタジアム開業をどう受け止めていますか。
お寺が密集する寺町の町並みは全国でも珍しいです。試合日には、サンフレッチェ広島の紫のシャツを着た人が歩く姿を多く見かけるようになりました。観戦をきっかけに新たに興味を持ってくれる人がいるかもしれないと期待します。
先日スタジアムを訪れました。サッカー漫画「キャプテン翼」の作者、高橋陽一さんが描いた壁画が印象的でした。主人公の大空翼くんのイラストにある「サッカーで平和を叶(かな)えるため この広島からサッカー世界平和宣言を全世界に発信します」との言葉。ひたむきでたゆまぬ平和への願いを感じます。
壁画の左端には寺町一帯も描かれています。緑色の屋根の本願寺広島別院本堂は、翼くんの顔のすぐそばにあしらわれています。
本堂は原爆で壊滅した後、1964(昭和39)年に再建されました。平和への願いを込め、屋根は手を合わせた合掌の形を表しています。その姿が、若いサッカーファンも含めた大勢の人が目にする壁画に描かれていることをうれしく思います。
―壁画に記された平和を願う気持ちは仏教と共通しますね。
直接的に戦争の愚かさを説いた言葉が、仏説無量寿経にある「兵戈(ひょうが)無用」です。平和な世界では兵士や武器を全く必要としない、という教えです。
歴史を振り返れば、他国を制圧した先に平和が訪れるという誤った思想から戦争が繰り返されてきました。今も世界各地で紛争が続いています。
仏教では、他を尊重する中にこそ己が生かされていく道があると考えます。自分と他者は切り離すことはできない。他者の幸せこそが自分自身の幸せ―。「自他不二」という仏教用語もあります。戦争当事国の為政者たちの世界観は、その対極にあると言わざるを得ません。
サッカーの試合も相手がいなければ成り立ちません。相手を傷つけようとする戦いではなく、自分やチームの仲間で培った技術を互いに発揮し、一つのルールの中で試合をつくる。サッカーに限らず、野球やラグビー、武道などさまざまな競技の素晴らしさがそこにあると思います。
壁画のメッセージを見て、被爆地広島から平和の大切さを発信したいと願うのは、スタジアムに関わる人々もわれわれ僧侶も同じなのだと思えました。
―宗教に関心が薄い人たちとの接点を持つ好機としたいですね。
寺の門前を通っただけで仏教が分かるわけではありません。本堂に入っただけで分かるわけでもない。しかし、ご縁が生まれるきっかけになるとは思います。
「安芸門徒」の言葉があるほど浄土真宗が大切にされてきたこの地では、親鸞(しんらん)聖人のお亡くなりになった日(旧暦11月28日、新暦1月16日)の前後、精進料理を中心に、肉や魚介を使わない食事をして過ごしてきました。現代では知らない人も増えていますが、そんな営みを通して命の大切さを見つめていたことを知ってもらえたら、と思います。
私自身も1年前、島根県飯南町の実家に暮らす父親を亡くしました。もう会えないと思うとやっぱり寂しくなる時があります。しかし、亡くなった人はそれで終わりではなく、今度は仏のはたらきになって還(かえ)ってくる、と説くのが浄土真宗です。
もう会えない寂しさに一度は涙したとしても、実はいつでも会える中にいると気づけば、やがてはうれし涙に変わってくるものです。
そんな温かい教えを広く知ってもらおうと、それぞれの寺で頑張っています。スタジアムの開業を好機とするために、どんなアクションが考えられるか。たとえば門前の掲示板のメッセージで引きつけるのも一つの方法でしょう。みんなで知恵を絞っていきたいと思います。
(2024年6月3日朝刊掲載)