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社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「眼の奥の森」 目取真俊著(影書房)

沖縄の痛み 「人間」を問う

 読んでいて呼吸が速まり苦しくなるのは、「悲劇」という言葉で大ぐくりに理解していた沖縄戦の細部が、わがごととして胸に迫ってくるからだろう。

 目取真俊さんが2004~07年、季刊誌に寄せた連作小説。戦争や支配という暴力がどのように人間をさいなむのか、そこにいた小さな一人一人から浮かび上がらせる。

 物語の起点は、すでに米軍に制圧された北部の島で起きたある事件。1人の少女が米兵4人に性的暴行を受ける。圧倒的な力を持つ米兵らに、集落の大人はなすすべもない。立ち向かったのは幼なじみの青年だ。たった1人で復讐(ふくしゅう)を企て、銛(もり)で米兵の腹を刺し、姿を消す。やがて米兵らによる山狩りが始まり―。

 物語は、事件から60年余りの時空を行き来しながら、話者と視点を変え、戦争と事件を巡る人々の癒えることのない傷を描く。事件によって心身を痛めつけられた少女、視力を失った青年、米兵に協力した元区長、目撃した妹たち、暴行に加わった米兵とその孫、現代でいじめに遭っている女子高校生、米兵と沖縄の人々との間で苦しんだ通訳の沖縄系2世…。

 あぶり出されるのは、事件を生んだ戦争の罪深さだが、彼らの語りは誰かを糾弾したり弁護をしたりするものではない。ただただ穏やかな筆致で読者を思索の森にいざない、気付かせる。本書の語り手たちは、現在と隔たった遠い所にいるのではなく、今ここにいる私たち自身ではないかと。

 戦争を引き起こしたのは誰か。他者を支配し、尊厳を踏みにじるのは誰か。忘却するのは誰か。記憶を手繰り寄せ、沖縄を取り巻く問題の根っこにある「人間」を問う物語でもある。

これも!

①目取真俊著「沖縄『戦後』ゼロ年」(NHK出版)
②目取真俊著「水滴」(文春文庫)

(2024年6月24日朝刊掲載)

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