『生きて』 カメラマン 三浦憲治さん(1949年~) <11> ユニコーン
24年6月22日
奥田君の動き 予測不能
≪1990年から撮り続けているのが広島出身のロックバンド、ユニコーンだ≫
ツアーのパンフレットを撮影した後、アルバム「ケダモノの嵐」のジャケットを撮った。それまでユニコーンの音楽は聴いていたが、ライブは見たことがなかった。そこで広島公演を撮影させてもらうことにしたんだ。
実際、ライブを見て驚いたよ。奥田(民生)君はステージの上で走ったり寝転んだり。川西(幸一)君は工事現場のヘルメットをかぶってイントレ(移動式の足場)を押して出てきた。普通のロックバンドだと思っていたら大間違い。ドリフターズのコントじゃないかと思ったね。
何度かライブやジャケット写真を撮るうちに楽屋に入れてもらい、打ち上げに参加するようになった。そのうち気を使われなくなった。彼らは俺のことを広島の親戚のおっさんだと思っているね。
これまで、いろんな洋楽バンドや日本のミュージシャンを撮ってきたけど、ユニコーンが一番面白い。撮影中、奥田君は微妙な距離感を出して予測不能な動きをする。その動きに合わせて俺が釣られる魚のように寄っていき、シャッターを押す。会場では前後左右に動けても、高さを出せない。だから棒の先にカメラを付けて撮るようにしたんだ。今の自撮り棒のようなもの。この棒を奥田君は「にょい棒」って呼んでいたね。
≪気心知れた間柄は奥田さんの球場ライブ「ひとり股旅スペシャル」の撮影につながる。ライブは2004年に旧広島市民球場(広島市中区)で、15年にマツダスタジアム(南区)であった≫
会場が広過ぎるから、どちらも5人くらいで手分けして撮ったよ。実は奥田君の足元にもカメラを1台置いていて、リモートでアップの表情を狙った。
振り返ると、もう30年以上もユニコーンを撮り続けている。でも長くやってきたからこそ、解散、再結成の流れを含め、バンドの歴史を撮れたと思う。
(2024年6月22日朝刊掲載)