海自呉地方隊創設70年 第3部 現場のリアル <1> 人材
24年6月27日
国内外の情勢がめまぐるしく変化する中、海上自衛隊は直面する課題への対応を求められてきた。深刻化する隊員不足や後を絶たないハラスメントの問題…。呉地方隊が7月1日に創設70年の節目を迎える今、現場はどうなっているのか。隊員や組織の現状を追った。
蒸し暑さが増した6月上旬の呉湾。呉教育隊(呉市)の学生約100人が伝統の短艇訓練に励んでいた。かけ声を合わせてオールをこぐ。「海外派遣などを通じて社会に貢献したい」。今春、香川県の高校を卒業して入隊した2等海士の田内実怜さん(18)は志望理由を笑顔で明かした。
同隊では、一般曹候補生や自衛官候補生として入隊した隊員たちが自衛官としての基礎を学ぶ。全寮制で高校新卒者が多い。指導内容は昔から基本的に変わらないが、教え方は「驚くほど変わった」という。
「私がいた頃は、毎日のように怒鳴られたり殴られたりしたが、今は殴るなどあり得ない」。教官の大井遥(はるか)3等海曹(36)は言い切る。「今はみんなよく泣く。弱くなった。新人も尊重する時代になったと感じる」と話す。
指導方法について、同隊は時代に即した対応を掲げる。背景には少子化で深刻化する人材不足がある。
2023年版の防衛白書によると、自衛隊で最も階級が低く、採用数が最多の「士」クラスでは23年3月末現在、定員5万4372人に対し隊員は4万1100人で充足率は75・6%。新規採用で22年度に募集した自衛官候補生の採用者数は3988人で、充足率は過去最低の43・1%だった。
有事への懸念も
採用業務を担う自衛隊広島地方協力本部呉地域事務所によると、高校新卒者は近年、地元志向が強く、公安系公務員の職の中では転勤の少ない消防局が人気という。国際情勢の不安定化で、有事を懸念する保護者が入隊に反対するケースも少なくない。山田朋也所長(34)は「特に母親が納得してくれるよう説明するのが重要」と語る。
官民での人材獲得競争が激しくなる中、自衛官の確保は今後も厳しい状況が続く見通しだ。「静かなる有事」とされる事態に防衛省は危機感をあらわにし、若者を取り込むための対策を進める。
丸刈り非推奨に
同省は今年1月、新入隊員の頭髪基準の緩和を決定。男性の丸刈りの推奨をやめ、男女ともに自由度を広げた。呉教育隊は昨年から受け入れている女性隊員について、勤務中に結べば長髪も容認している。
スマートフォンに慣れ親しんでいる「Z世代」に配慮し、スマホ環境の改善にも取り組む。航海中は電波状況が悪く使用が制限されている現状を踏まえ、今後3年間で9割の艦船に米スペースX社の衛星通信サービス「スターリンク」を導入する方針だ。
厳格な規律で知られる海自幹部候補生学校(江田島市)の渡辺浩校長(57)は、上から一方的に抑えつけるのではなく、意味を理解できるよう説くように心がけているという。「組織の機能を保つため、時代に合わせて変えなければならないものもある」と強調する。
(2024年6月27日朝刊掲載)
採用難 組織維持の壁に
殴り怒鳴る指導 今は昔
蒸し暑さが増した6月上旬の呉湾。呉教育隊(呉市)の学生約100人が伝統の短艇訓練に励んでいた。かけ声を合わせてオールをこぐ。「海外派遣などを通じて社会に貢献したい」。今春、香川県の高校を卒業して入隊した2等海士の田内実怜さん(18)は志望理由を笑顔で明かした。
同隊では、一般曹候補生や自衛官候補生として入隊した隊員たちが自衛官としての基礎を学ぶ。全寮制で高校新卒者が多い。指導内容は昔から基本的に変わらないが、教え方は「驚くほど変わった」という。
「私がいた頃は、毎日のように怒鳴られたり殴られたりしたが、今は殴るなどあり得ない」。教官の大井遥(はるか)3等海曹(36)は言い切る。「今はみんなよく泣く。弱くなった。新人も尊重する時代になったと感じる」と話す。
指導方法について、同隊は時代に即した対応を掲げる。背景には少子化で深刻化する人材不足がある。
2023年版の防衛白書によると、自衛隊で最も階級が低く、採用数が最多の「士」クラスでは23年3月末現在、定員5万4372人に対し隊員は4万1100人で充足率は75・6%。新規採用で22年度に募集した自衛官候補生の採用者数は3988人で、充足率は過去最低の43・1%だった。
有事への懸念も
採用業務を担う自衛隊広島地方協力本部呉地域事務所によると、高校新卒者は近年、地元志向が強く、公安系公務員の職の中では転勤の少ない消防局が人気という。国際情勢の不安定化で、有事を懸念する保護者が入隊に反対するケースも少なくない。山田朋也所長(34)は「特に母親が納得してくれるよう説明するのが重要」と語る。
官民での人材獲得競争が激しくなる中、自衛官の確保は今後も厳しい状況が続く見通しだ。「静かなる有事」とされる事態に防衛省は危機感をあらわにし、若者を取り込むための対策を進める。
丸刈り非推奨に
同省は今年1月、新入隊員の頭髪基準の緩和を決定。男性の丸刈りの推奨をやめ、男女ともに自由度を広げた。呉教育隊は昨年から受け入れている女性隊員について、勤務中に結べば長髪も容認している。
スマートフォンに慣れ親しんでいる「Z世代」に配慮し、スマホ環境の改善にも取り組む。航海中は電波状況が悪く使用が制限されている現状を踏まえ、今後3年間で9割の艦船に米スペースX社の衛星通信サービス「スターリンク」を導入する方針だ。
厳格な規律で知られる海自幹部候補生学校(江田島市)の渡辺浩校長(57)は、上から一方的に抑えつけるのではなく、意味を理解できるよう説くように心がけているという。「組織の機能を保つため、時代に合わせて変えなければならないものもある」と強調する。
(2024年6月27日朝刊掲載)