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資料室サゴリ 本格始動 加納実紀代さんの蔵書やファイル 保存と公開 ヒロシマと戦争問う遺志 継ぐ場

 広島の被爆者で女性史家の加納実紀代さん(2019年死去)の蔵書や研究ファイルを収めた資料室が、広島市東区で本格始動している。市民有志で昨年仮開設し資料整理を進める中、来訪者が相次ぐ。ジェンダーや植民地主義などを問い、戦争やヒロシマを検証した歴史家に学ぼうと、2月に「加納実紀代研究会」が発足。アーティストによる活用も検討される。韓国語で「交差点」を指す「サゴリ」の愛称通り、加納さんの志を継ぐ人々が交わる場になりつつある。(森田裕美)

 JR広島駅北側の丘の上に立つ黄色の建物。1階部分の約150平方メートルが資料室だ。ずらりと並ぶ書棚には、加納さんが研究に用いた書籍や雑誌約8千冊を中心に関連図書計約1万300冊と、A4判の研究ファイル約千件が収まる。加納さんの川崎市内の自宅や箱根の仕事場にあったものだ。

 書籍は開架されており整理中の研究ファイルは室内での閲覧が可能。書架のそばには作業用のフリースペースもある。壁面には、表象研究にも力を入れていた加納さんが収集した戦時中の国策宣伝誌「写真週報」を展示。貴重な資料を手に取って閲覧でき、仮開設以降、国内外から月30人余りが訪ねてくるという。

 加納さんは、日本統治下のソウルで生まれた「侵略者」としての生い立ちと原爆被害者としての自分というアンビバレンス(相反性)を背景に一面的には語れぬ歴史を検証し続けた人である。戦争と「被害者」として語られがちな女性の関係を掘り下げ、銃後を支えた加害者としての女性の「銃後史」を検証。また「被爆の記憶は無垢(むく)の女性被害者像として表象される傾向にないか」それによって「戦争加害やマイノリティーの存在が見えなくなっていないか」とジェンダーの視点から、固定化した「ヒロシマ」を問うた。

 そんな加納さんに目を開かれ、1990年代から加納さんを講師にした講座開催などをしてきたのが資料室を主宰する高雄きくえさん(74)だ。「ヒロシマ」という言葉でステレオタイプに語られがちな広島を多角的に見つめ直すフォーラムや連続講座も開催。携わった有志が「加納さんの遺志を継ごう」と資料受け入れを決め、手作りで資料室開設を進めてきた。

 6月23日。雨の中、12人がサゴリに集った。加納さんの仕事に関心を持つ研究者や記者らが集まる研究会。この日は加納さんが掲げた「加害と被害の二重性を超える」との言葉を巡り、文献資料などを基に議論した。2月の発足後、ほぼ隔月で開催。メンバーがそれぞれの関心から加納さんに迫り、社会課題などについて意見を交わす。

 資料を活用したアート制作を支援する「サゴリリサーチアワード」も生まれた。彫刻家・評論家の小田原のどかさん(38)=東京=たちが編著書の編集報酬を基に創設。アーティストに10万円を助成し、制作のための調査を支える。4月に公募すると24人と1団体から応募があり、第1回大賞には美術家の山もといとみさんを選んだ。小田原さんは「社会課題に取り組む現代アートの活動は、つくられたイメージや既存の枠組みを批判的に見つめた加納さんの視点と響き合う」と話す。

 「加納さんの資料があることで来訪者の話題が広がり、さまざまな課題に結びつく。アイデアや協力者も生まれる。現在を問い、歴史に学ぶ魅力的な資料室として発展させたい」と高雄さん。加納さんの歩みをたどる映像製作や新たなホームページ開設も進めている。

(2024年7月1日朝刊掲載)

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