[無言の証人] 化粧品類
24年7月1日
戦時下 女性の心映す
黒ずんだコンパクト。熱で曲がった化粧瓶…。原爆資料館(広島市中区)は、化粧品類も所蔵している。「あの日まで」の日常に、ささやかな彩りを添えていたのかもしれない。戦時下の女性の心の内も映し出す実物資料である。
端の方が白いのは、おしろいだろうか。コンパクトは内田サヨ子さん=当時(14)=の愛用品だった。
当時下宿していた昭和町(現中区)の叔母宅から大手町(同)の職場に歩いて向かう途中に被爆。全身を焼かれた。能美島(現江田島市)の自宅に運ばれると、鏡がほしいと母にせがんだという。変わり果てた容姿を見せまいと、母は応じなかった。内田さんは8月19日に息絶えた。
コンパクトは爆心地から約1・5キロの叔母宅の焼け跡から見つかり、家族が長年仏壇にしまっていたという。姉の石井ミホカさん(95)=安芸高田市=が2017年、原爆資料館に寄贈した。
ふたに「RA―STER CREAM」と見える化粧クリームの瓶は、熱で完全につぶれている。中村利代さんが1979年に寄贈した。姉と命からがら逃げ出した己斐町(現西区)の自宅の焼け跡から持ち帰り、大切にしていたという。
ひしゃげた白い瓶は化粧水用。「惨状を伝える貴重な資料になる」と、戦後中国大陸から引き揚げた武田学郎さんが46年から数年かけて市内各地を歩き、収集した約230点の一つである。元の持ち主は、どんな人だったのだろう。生きて猛火を逃げることができたのだろうか。
自由を奪われた戦時下でも、日々の喜びを決して忘れなかった女性たちを思う。(小林可奈)
(2024年7月1日朝刊掲載)