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社説・コラム

『潮流』 逆転しない正義

■論説主幹 山中和久

 NHK連続テレビ小説で、出身県の同じ人物が間を空けず描かれるのは珍しい。会議で出張した高知県は、その話題で盛り上がっていた。

 植物学者牧野富太郎の人生をテーマにした2023年度前期の「らんまん」に続き、25年度前期は「アンパンマン」を生み出した漫画家やなせたかしさんと小松暢(のぶ)さん夫妻がモデルの「あんぱん」が控える。

 やなせさんの故郷、同県香美(かみ)市にある「やなせたかし記念館」を訪ねた。放送前から大変なにぎわいになるだろう。

 記念館の中心施設、アンパンマンミュージアムには書き下ろしの絵や原画がずらりと並ぶ。絵本とアニメではお目にかかれない大胆な色使いや、スケールの大きい作品ばかりだ。

 アクリル画の「顔をあげるアンパンマン」の前で足が止まった。立てなくなったウサギに、自分の顔をちぎって差し出している。異色のヒーローに込めたのは、戦争体験を経てたどり着いた「本当の正義」だという。

 20代で中国の戦地に送られ、飢えの苦しみを味わった。たった一人の弟は特攻隊で戦死した。帰ってきた骨つぼに入っていたのは1枚の木の名札だけだった。「正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義はある日突然逆転する」との言葉が残る。

 「だからこそ、いつの時代、どんな場所でも『逆転しない正義』をアンパンマンで描いた」と運営財団の仙波美由記事務局長は教えてくれた。

 かの絵を、子どもたちは食い入るように見ていた。やなせさんのメッセージをどう感じ取っただろう。当方は「君にできるか?」と問われている気がした。大人も訪れてほしい場所である。

(2024年6月29日朝刊掲載)

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