緑地帯 巣山ひろみ バウムクーヘンと似島②
24年7月3日
6年前の5月半ば。東京に出かけたおりに、当時、品川駅のほど近くにあったくもん出版の編集部をのぞいた。
編集のT氏と近所の秋田料理店で、なめこそばをすすりながらとりとめのない話をしていた。
「そういえば……」
ふと、そのころに小耳にはさんだ広島の地元ニュースを、わたしは口にした。
「日本で最初のバウムクーヘンは、原爆ドームで販売されたらしいですよ」
バウムクーヘンと原爆ドームの取り合わせが意外で頭のどこかに引っかかっていたのが、まるでくしゃみのように唐突に、言葉になった。というか、編集者に会うのに、なんのネタもなしという状態に耐えられなくなった深層心理が、ひねりだした話題だったのかもしれない。
「ふうん」。たいして高くもない、いつものテンションで「おもしろそうじゃないですか、それ」と言われた瞬間、心の中で「よっしゃ!」と親指を立てたのをおぼえている。単行本デビューして6年目。ほんの数冊でも本を出したとはいえ、次にまた本を書けるという保証はどこにもなかった。そして、本になる原稿を書きたいという願いを、書き手ならつねに持っているものである。たぶん。
軽いノリ。初めてのノンフィクション。その大変さに気づいていなかった。そしてすぐに、生まれ育った広島について、自分があまりに無知であったことを思い知らされることになる。(児童文学作家=広島市)
(2024年7月3日朝刊掲載)
編集のT氏と近所の秋田料理店で、なめこそばをすすりながらとりとめのない話をしていた。
「そういえば……」
ふと、そのころに小耳にはさんだ広島の地元ニュースを、わたしは口にした。
「日本で最初のバウムクーヘンは、原爆ドームで販売されたらしいですよ」
バウムクーヘンと原爆ドームの取り合わせが意外で頭のどこかに引っかかっていたのが、まるでくしゃみのように唐突に、言葉になった。というか、編集者に会うのに、なんのネタもなしという状態に耐えられなくなった深層心理が、ひねりだした話題だったのかもしれない。
「ふうん」。たいして高くもない、いつものテンションで「おもしろそうじゃないですか、それ」と言われた瞬間、心の中で「よっしゃ!」と親指を立てたのをおぼえている。単行本デビューして6年目。ほんの数冊でも本を出したとはいえ、次にまた本を書けるという保証はどこにもなかった。そして、本になる原稿を書きたいという願いを、書き手ならつねに持っているものである。たぶん。
軽いノリ。初めてのノンフィクション。その大変さに気づいていなかった。そしてすぐに、生まれ育った広島について、自分があまりに無知であったことを思い知らされることになる。(児童文学作家=広島市)
(2024年7月3日朝刊掲載)