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連載・特集

緑地帯 巣山ひろみ バウムクーヘンと似島④

 「日本で最初のバウムクーヘンは原爆ドームで販売された」このたった2行の文字の中に、なんとたくさんの情報がつまっていたことだろう。なぜドイツの菓子だったか。かつて、にぎわった場所がなぜ、原爆ドームと呼ばれることになったか。

 取材の中で、亡きお舅(しゅうと)さんが子どもの頃、広島県物産陳列館でドイツ人が作った菓子を食べたことがあると、高齢のご婦人が教えてくれた。お舅さんの家は富士見町で兵隊宿をされていたそうだ。時代的にも、ドイツ人捕虜の作品展覧会でユーハイムが提供したバウムクーヘンに間違いないだろう。

 ユーハイムが似島で焼き、物産陳列館で販売したバウムクーヘン。それを実際に食べた人を見付けたことで、ぽつりぽつりといろいろな場面にあった歴史が、一本の道でつながった。過去は今を経て、未来につながる一本の道の上にある。断ち切ることはできない。なかったことにはできない。今、わたしたちがやっていること全てが未来をつくっていると知った。

 拙著「バウムクーヘンとヒロシマ」では、主人公の少年の祖父はいつもバウムクーヘンをお土産に持ってくる。少年は好物のバウムクーヘン作りを体験したいがため、似島ピースキャンプに参加する。そこでバウムクーヘンと原爆ドームの関係に思い至る。祖父の父親が物産陳列館でバウムクーヘンを食べたこと、祖父の家族も町もあの日、原子爆弾により、一瞬にして消滅したことを知る。(児童文学作家=広島市)

(2024年7月5日朝刊掲載)

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