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連載・特集

緑地帯 巣山ひろみ バウムクーヘンと似島⑧

 明るく元気のいいハーモニーで、ミュージカルは始まった。

 バウムクーヘン発祥の地・似島。静かで平和な島。しかし、大戦中には世界最大級の検疫所として、大陸から戻ってくる兵士の消毒を行った。ユーハイムたちドイツ人捕虜を収容し、第2次世界大戦では、被爆した1万人もの患者を収容した野戦病院でもあった。そんな島の歴史を全て見てきたのは、樹齢120歳のくすのきじいさん。主人公の颯太はくすのきじいさんに導かれ、過去のカール・ユーハイムと出会う。

 お菓子をめぐる物語は、颯太と祖父、そして祖父の父親をつなぐ物語になっていく。「川のほとりを歩くと、今でも、家族が向こうからやってくるような気がするんよね」。被爆証言者の浜井徳三さんの言葉はミュージカルの中でも、主人公の祖父のセリフとして、そのまま使われた。俳優の石鍋多加史さんの遠いまなざしとあたたかな声で語られたその言葉に、涙があふれた。家族を一度に失った人の瞳に映る景色に思いをはせた。

 イッツフォーリーズによるミュージカルは5日間、計7回上演された。バウムクーヘンはわたしを似島に導き、本を書かせ、それはミュージカルにつながった。劇団員の「平和の願いを届けたい」という熱い思いで実現したことと思う。わたしも、今この時代に、広島からメッセージを発信するなんらかのことができたことに感謝している。広島でも上演される機会のあることを願っている。(児童文学作家=広島市)=おわり

(2024年7月12日朝刊掲載)

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