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社説・コラム

天風録 『佐渡金山の光と影』

 松本清張の短編時代小説「佐渡流人行」を読み返した。ある幕府の役人が恨みに思う元武士を、戸籍から外れた無宿人として「佐渡送り」、つまり佐渡金山の現場に放り込む。そんな筋立てで展開する巧妙なミステリーだ▲設定は史実に基づく。考証を徹底した清張らしく、無宿人たちが強いられた排水作業「水替」の描写は生々しい。暗い坑道に湧く水を休みなしにくみ続け、死者が次々と。そういえば時代劇の世界でも、生き地獄を見た「佐渡帰り」がよく登場した▲その佐渡金山の世界遺産登録が決まった。江戸時代の人力の金山掘りは「高度な手工業」であり、世界最高水準の金を産出した―。その評価を誇るにしても現場の苦難は何より忘れまい▲近代以降、朝鮮半島出身者が過酷な労働をした歴史が問い直された。それに先立ち、江戸などのアウトローが「人力」を支えた内実にも目を向けたい。1800人以上が治安対策で佐渡に送られ、大半が戻れなかった▲金山近くに無宿人たちの墓が残る。供養祭が毎年4月に営まれ、「無宿人の苦しみあっての金山」と地元の住職は語っていた。「人類の宝」となった佐渡に行けば、光と影を両方とも学んで帰りたい。

(2024年7月29日朝刊掲載)

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