社説 世界遺産に佐渡金山 日韓が歩み寄って発信を
24年7月30日
国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会が、新潟県の「佐渡島(さど)の金山」の世界文化遺産登録を決めた。
構成資産の相川鶴子(つるし)金銀山と西三川砂金山は、江戸幕府の下、一つの島で採掘から製錬まで完結した生産システムが整備された。手工業による高純度の金を生み出す技術を16~19世紀に発展させ、17世紀には世界屈指の質、量を誇った。他に類がない価値と認められたのは朗報である。
2010年に国内推薦候補とする暫定リストに記載された。ここから今回の決定まで複雑な経緯をたどったのは、日韓の政治対立が持ち込まれたからにほかならない。
佐渡金山で戦時中に働いた朝鮮半島出身者に関し、韓国政府は強制労働があったとして当初、撤回を求めた。日本政府は今回、労働者が過酷な環境に置かれ、朝鮮半島出身者が危険な作業に従事する割合が高かったと説明する展示を、佐渡の施設に設けた。
日韓が合意して登録に至ったのは前進だ。今年6月、事前審査したユネスコ諮問機関が追加説明を求める「情報照会」とした勧告で示唆したように、戦時中の「負の遺産」にも向き合い、金山全体の歴史を伝えてこそ世界遺産の意味があろう。近年の良好な関係を追い風に、双方が歩み寄った発信を求めたい。
世界遺産を舞台に、日韓が歴史を巡って対立し始めたのは、15年にさかのぼる。
この年に登録された「明治日本の産業革命遺産」で、韓国政府は炭鉱のあった長崎市の端島(はしま)(通称・軍艦島)などで強制労働があったとして反対した。日本政府は登録時の勧告で、歴史の全貌が分かる説明を求められ、適切な対応を約束した。だが差別がなかったとする展示物も掲げて、韓国側の反発を招いた。
歴史対立を佐渡金山に引きずったのは残念である。21年末に文化審議会が推薦候補に選んだ途端、韓国政府は撤回を求めた。産業遺産での対応が不十分な日本政府の姿勢を踏まえれば、理解できる。
しかし日本政府は見送りを検討しながら、自民党保守派が「歴史戦」「国家の名誉に関わる」と反発したのを受けて一転、推薦を決めた。岸田政権が党内で一大勢力だった保守派の意向をくんだ側面があろう。佐渡金山の歴史、文化的な価値や、韓国側の指摘についての誠実な議論は乏しく、政治的な思惑で登録を押し進めたといえよう。
世界遺産条約に記された目的を思い起こしてほしい。顕著な普遍的価値を持つ文化遺産や自然遺産を、世界共通の宝として人類全体で保護し、伝えることだ。二つの世界大戦の反省から戦後に創設されたユネスコが掲げる、平和や相互理解の理念が根底にあるのは言うまでもない。
世界遺産委はパレスチナ自治区ガザの遺跡「テル・ウム・アメル」を世界文化遺産に登録することも決めた。イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘で危機にさらされている。保護に国際社会が団結すべきとの趣旨だろう。私たちは今こそ、世界遺産の原点に思いをはせておきたい。
(2024年7月29日朝刊掲載)
構成資産の相川鶴子(つるし)金銀山と西三川砂金山は、江戸幕府の下、一つの島で採掘から製錬まで完結した生産システムが整備された。手工業による高純度の金を生み出す技術を16~19世紀に発展させ、17世紀には世界屈指の質、量を誇った。他に類がない価値と認められたのは朗報である。
2010年に国内推薦候補とする暫定リストに記載された。ここから今回の決定まで複雑な経緯をたどったのは、日韓の政治対立が持ち込まれたからにほかならない。
佐渡金山で戦時中に働いた朝鮮半島出身者に関し、韓国政府は強制労働があったとして当初、撤回を求めた。日本政府は今回、労働者が過酷な環境に置かれ、朝鮮半島出身者が危険な作業に従事する割合が高かったと説明する展示を、佐渡の施設に設けた。
日韓が合意して登録に至ったのは前進だ。今年6月、事前審査したユネスコ諮問機関が追加説明を求める「情報照会」とした勧告で示唆したように、戦時中の「負の遺産」にも向き合い、金山全体の歴史を伝えてこそ世界遺産の意味があろう。近年の良好な関係を追い風に、双方が歩み寄った発信を求めたい。
世界遺産を舞台に、日韓が歴史を巡って対立し始めたのは、15年にさかのぼる。
この年に登録された「明治日本の産業革命遺産」で、韓国政府は炭鉱のあった長崎市の端島(はしま)(通称・軍艦島)などで強制労働があったとして反対した。日本政府は登録時の勧告で、歴史の全貌が分かる説明を求められ、適切な対応を約束した。だが差別がなかったとする展示物も掲げて、韓国側の反発を招いた。
歴史対立を佐渡金山に引きずったのは残念である。21年末に文化審議会が推薦候補に選んだ途端、韓国政府は撤回を求めた。産業遺産での対応が不十分な日本政府の姿勢を踏まえれば、理解できる。
しかし日本政府は見送りを検討しながら、自民党保守派が「歴史戦」「国家の名誉に関わる」と反発したのを受けて一転、推薦を決めた。岸田政権が党内で一大勢力だった保守派の意向をくんだ側面があろう。佐渡金山の歴史、文化的な価値や、韓国側の指摘についての誠実な議論は乏しく、政治的な思惑で登録を押し進めたといえよう。
世界遺産条約に記された目的を思い起こしてほしい。顕著な普遍的価値を持つ文化遺産や自然遺産を、世界共通の宝として人類全体で保護し、伝えることだ。二つの世界大戦の反省から戦後に創設されたユネスコが掲げる、平和や相互理解の理念が根底にあるのは言うまでもない。
世界遺産委はパレスチナ自治区ガザの遺跡「テル・ウム・アメル」を世界文化遺産に登録することも決めた。イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘で危機にさらされている。保護に国際社会が団結すべきとの趣旨だろう。私たちは今こそ、世界遺産の原点に思いをはせておきたい。
(2024年7月29日朝刊掲載)