広島と映画 <1> 映画作家・料理家 大林千茱萸さん 「海辺の映画館―キネマの玉手箱」 監督 大林宣彦
24年7月27日
未来を変える力 僕らに
いま私の手元には父が残した1冊の映画の台本があります。手書きのメモがびっしりと書き込まれたその映画の題名は「海辺の映画館―キネマの玉手箱」。そう、私の父は尾道市出身の映画作家・大林宣彦。
物語は、閉館を迎える尾道の映画館・瀬戸内キネマの最後のオールナイト上映「日本の戦争映画大特集」に来場していた若者3人がスクリーンの中へ紛れ込み、戊辰戦争、日中戦争、沖縄戦、そして原爆投下直前の広島を奔走するというもの。はたして彼らは戦争に翻弄(ほんろう)されるヒロインたちを救うことができるのか?
しかもそんないくつもの時代を横断する濃密な物語が、ミュージカル、時代劇、SF、ファンタジー、西部劇、ラブ&ロマンスと、あらゆる映画ジャンルを横断して描かれ、なおかつ、父が幼少の頃に見た8ミリ作品、サイレント映画から総天然色、デジタルになるまでの映画史までもが盛り込まれています。
これだけの内容を1本の映画におさめることは不可能なのではないか―。そう思われても仕方がないほど「足し算」の映画ですが、不思議なことに、ただただエンターテインメントとして夢中になって楽しめる作品です。
それでいて映画のどのコマにも父がいつも言っていた「戦争はいやだ」というメッセージが込められている。尾道で生まれた幼い父は被爆を免れましたが、被爆者が広島の方から線路伝いにやって来るのを見ているそうです。おそらく父の記憶の根底にあるものが、そういった戦争への拒否感だったのではないかと思っています。それが「新しい戦前」ともいわれるいまの日本を生きる若い人たちに向けて、太平洋戦争を目の当たりにした父からの遺言だったのでしょう。
現実にはありえない「ハッピーエンド」を映画の中に発明したのは人間です。本作でうたわれるような映画の「ハッピーエンド」を信じれば、ひょっとしたら、人間はいつか平和を手繰り寄せることができるかもしれない。映画で「過去」は変えられないが、「未来」を変える力は持っている。
「この映画を見る人にメッセージを」と私がお願いをして、父が亡くなる直前に書いてくれた言葉があります。末期がんのためよろけるような筆跡ですが、魂を削るように書かれた筆圧は強く、一文字一文字が、これだけははっきり言っておかねばならないという思いにあふれています。
「ねぇ 映画で僕らの未来 変えて見ようよ‼」
それが父からの最期のメッセージでした。
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映画を愛する執筆者に広島にまつわる映画を1本選んで、見どころや思い出を紹介してもらいます。随時掲載します。
作品データ
日本/179分/「海辺の映画館―キネマの玉手箱」製作委員会
【脚本】大林宣彦、内藤忠司、小中和哉【撮影】三本木久城【音楽】山下康介【製作協力】大林恭子
【出演】厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦、吉田玲、成海璃子、山崎紘菜、常盤貴子、高橋幸宏、小林稔侍
おおばやし・ちぐみ
1964年、東京都生まれ。幼少から大林映画の現場で育ち、映画に関する執筆多数。テーブルマナー講師も務める。監督作品に「100年ごはん」(2013年)。著書に「未来へつなぐ食のバトン」など。
はと
1981年、大竹市生まれ。本名秦景子(はた・けいこ)。懐かしさ、愛らしさ、不気味さが共存する独自の作品世界で、絵画、グラフィックデザイン、こま撮りアニメーション、舞台美術など幅広い造形芸術を手がける。
(2024年7月27日朝刊掲載)