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社説・コラム

社説 日米の核抑止力強化 被爆地の思い踏みにじった

 日米の両政府はおととい、米国が核兵器を含む戦力で日本の防衛に関与する「拡大抑止」について初の閣僚会議を開き、同盟の抑止力を強化することで一致した。合意文書も交わした。

 唯一の戦争被爆国として「核兵器のない世界」を主張しながら、米国の「核の傘」で守られていることを殊更にアピールするのが今回の合意だ。日本政府の立場の矛盾が改めてあらわになった。日本が堅持してきた非核三原則が揺らぐ懸念もある。長年の核軍縮や不拡散の取り組みにも反するのではないか。

 被爆者から「核廃絶に逆行する」などと批判が相次いだのは当然だ。広島、長崎の原爆の日を前に、被爆地の思いを踏みにじった。

 拡大抑止は同盟国への攻撃に対し、通常兵器にとどまらず核兵器も用いて報復する意思を示し、敵国をけん制する狙いとされる。今回、日米が事務レベルで続けてきた協議を閣僚レベルに引き上げた背景には北朝鮮の核開発や中国の核戦力増強、ロシアと北朝鮮の軍事協力で安全保障環境が悪化していることがある。

 しかし、核抑止力は幻想というほかない。核兵器が存在する限り、さまざまなリスクが伴う。自国の安全を高めようとする行動は、他国にも同じような措置を促す。相互不信と軍拡を助長した結果、衝突につながる緊張は高まりかねない。

 昨年5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)で岸田文雄首相が主導してまとめた核軍縮文書「広島ビジョン」は、「核なき世界」を目指すとしながら、抑止力という核兵器の役割を肯定した。日米の拡大抑止はその流れの延長線上にある。

 そもそも自分たちを守る核兵器はよくて、他陣営の核兵器は悪いと断じられるものだろうか。東西陣営で核戦力を競い合った冷戦時代に逆戻りしたように見える。

 スイス・ジュネーブで2026年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向けた第2回準備委員会が開かれている。国連の中満泉事務次長は「核兵器は威圧の手段として使われ続けている。抑止力よりも対話を優先することが重要だ」と訴えた。強く共感する。

 広島市の松井一実市長は、8月6日の平和記念式典の平和宣言について、核抑止力や軍事力に頼る世界の為政者に政策転換を迫る内容を示している。

 日本と共に米国の核の傘に頼る韓国では、北朝鮮に対応するため自前で核武装を図る議論がある。米国第一主義を掲げ、他国を含めた今の防衛体制に疑問を投げかけるトランプ氏が大統領に返り咲く可能性もある。安保の枠組みは見通しにくくなっている。

 だからこそ困難であっても日本がまず取り組むべきは、核兵器の果たす役割を強めることではなく、減らす国際的な合意形成だ。被爆者と、核兵器禁止条約の下に集う国々をこれ以上、失望させてはならない。首相は、「核なき世界」の実現を追求し続ける責任を忘れてはいないか。

(2024年7月30日朝刊掲載)

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