『潮流』 「人間とは何か」の訳者
24年8月1日
■報道センター文化担当部長 道面雅量
20歳の頃に文庫本で読んだマーク・トウェインの「人間とは何か」は、忘れ難い小説だ。老人と青年の対話形式。「では、君、蒸気機関って奴(やつ)は、何が材料でできてると思う?」という老人の問いで始まる。軽快な訳でページをめくる手は進むが、打ちのめされるような読後感に至る。
中野好夫(1903~85年)の名は、その翻訳者として知っていた。恥ずかしながら、中野が戦後日本の反核・平和運動の顔ともいえる存在であったことはほとんど知らなかった。鳥取大名誉教授の岡村俊明さんの近著「中野好夫論」からその多面的な活躍を学び、7月31日付の文化面連載「この人の〝反核〟」で紹介した。
中野は翻訳家、伝記作家、評論家として膨大な仕事をこなしつつ、ヒロシマ・ナガサキ、そしてオキナワに心を寄せ、一市民として行動した。
分裂した原水禁運動の統一に心を砕き、「外部の敵を利するだけだぞ」と関係者の説得を重ねた。沖縄の日本返還を巡り、米軍基地が集中したままの復帰を拒絶する仲間に対して「取れるものは取っておけ」という姿勢で臨んだ。いい意味でも悪い意味でも「現実主義者」と呼ばれた。
小説「人間とは何か」に話を戻すと、老人は、血気盛んな青年を説き伏せていく。人間は、成育環境に決定づけられる点で機械と変わらない、あらゆる善行、自己犠牲も実は「自分の安心感」が動機である―という暗い達観を述べて。
この小説を愛したであろう中野は、理想を固く抱きながらも寛容と調整を重んじ、自説を絶対化しない人だった。岡村さんが「今こそ再評価したい人物」と説くのに賛同する。
(2024年8月1日朝刊掲載)
20歳の頃に文庫本で読んだマーク・トウェインの「人間とは何か」は、忘れ難い小説だ。老人と青年の対話形式。「では、君、蒸気機関って奴(やつ)は、何が材料でできてると思う?」という老人の問いで始まる。軽快な訳でページをめくる手は進むが、打ちのめされるような読後感に至る。
中野好夫(1903~85年)の名は、その翻訳者として知っていた。恥ずかしながら、中野が戦後日本の反核・平和運動の顔ともいえる存在であったことはほとんど知らなかった。鳥取大名誉教授の岡村俊明さんの近著「中野好夫論」からその多面的な活躍を学び、7月31日付の文化面連載「この人の〝反核〟」で紹介した。
中野は翻訳家、伝記作家、評論家として膨大な仕事をこなしつつ、ヒロシマ・ナガサキ、そしてオキナワに心を寄せ、一市民として行動した。
分裂した原水禁運動の統一に心を砕き、「外部の敵を利するだけだぞ」と関係者の説得を重ねた。沖縄の日本返還を巡り、米軍基地が集中したままの復帰を拒絶する仲間に対して「取れるものは取っておけ」という姿勢で臨んだ。いい意味でも悪い意味でも「現実主義者」と呼ばれた。
小説「人間とは何か」に話を戻すと、老人は、血気盛んな青年を説き伏せていく。人間は、成育環境に決定づけられる点で機械と変わらない、あらゆる善行、自己犠牲も実は「自分の安心感」が動機である―という暗い達観を述べて。
この小説を愛したであろう中野は、理想を固く抱きながらも寛容と調整を重んじ、自説を絶対化しない人だった。岡村さんが「今こそ再評価したい人物」と説くのに賛同する。
(2024年8月1日朝刊掲載)