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社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 被爆再現人形の問いかけ 歴史継承へ アートの力考える 美術作家 菅亮平さん

 被爆者のいない夏が訪れた時、あの日の惨状をどう伝えるか。広島市の原爆資料館は遺品など「実物」を中心に展示する。「作り物」とも指摘された被爆再現人形はもうない。歴史を語り継ぐ上で、人形などの「フィクション」が果たす役割はないか、アートに何ができるのか―。広島市立大講師の美術作家、菅亮平さん(41)はあらためて人形を調査。等身大の写真や作品を原爆の図丸木美術館(埼玉県)に展示し、問いかけている。(論説委員・田原直樹、写真も)

  ―人形3体を撮った写真が2枚ずつ並んでいます。
 背景が白い写真は、人形そのものの現状を写しました。どのような形なのか、物体としての人形の記録です。

 一方、背景が黒い写真は、資料館のジオラマで展示されていた状態を再現。照明の当て方を同じにして、来館者が見た姿にしました。照明やがれきなどで演出した展示が、被爆直後の悲惨さを伝え、原爆の怖さを強く印象づけたのです。私も小学生の時に見て恐怖を感じた一人です。

  ―丹念な調査ですね。
 さまざまな角度で約3千枚を撮影し、素材や手足の動きの付け方、皮膚の表現、衣類のしわなども分析しました。実際に燃やして焦げ目を付けたようで非常に造形的に作られています。原爆投下時の年代に近い衣服の可能性もあり2体は名札を付けています。私も、模型などのマケットを扱う作家ですが、丁寧な造形に感心させられました。

  ―撤去時には論争もあった人形を題材にした意図は。
 今回の企画は、決して人形の再展示を目的にした活動ではありません。

 原爆による被害という歴史と、それを後世に伝えるために「作られたモノ」、つまり「フィクション」について考えたいのです。考える土台として、5月から人形を借りてリサーチを続けています。

  ―作り物の人形も「フィクション」なのですね。
 原爆の恐ろしさ、被害の大きさなどを伝えてきたことは確かですが、被爆した実物ではありません。また人形について「実際はもっとひどかった」と語る被爆者もいます。戦争の被害や痛みは、体験者にしか本当のところは分からないのでしょう。

 それでも私たちは未来のために継承せねばなりません。では伝えられるのは実物だけで、フィクションに役割はないのか。それこそ被爆再現人形がはらんでいる問題です。

  ―「実話に基づいて」と題された今回展に、焦げ茶色を塗った平面作品もあります。
 3年前、原爆ドームの保存修理工事で天蓋(てんがい)部分の鉄骨が塗り直されました。その塗料を使った作品です。米軍撮影のカラー写真を解析、選定された色で、こんな色だったと被爆者も証言したそうです。原爆ドームはもちろん実物ですが、もうデータをいくら分析しても、被爆直後の色にはたどりつけないのです。

 原爆の痕跡から当時を想像し、歴史継承を考えるきっかけにこの作品がなるといい。

  ―「実話」「実物」が揺らいできます。フィクションにも役割はありそうです。
 アートの領域ではフィクションを扱います。その可能性を美術作家として探っています。戦争や被爆を伝える上で何ができるのか、と。

  ―この企画展を丸木美術館で開きたかったそうですね。
 丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」は被爆の惨状を伝える優れた作品ですが、絵空事だとか、美し過ぎるなどと批判されもしました。

 原爆をいかに表現し、伝えるかという問題は、被爆再現人形にも通じます。「原爆の図」鑑賞後、人形を取り上げた私の展示を見る導線です。フィクションやアートの可能性について深く考えてもらえると思います。

  ―被爆者のいなくなる日が迫りますが、展示や考え方は今のままでいいでしょうか。
 「作り物=フィクション」と「実物=ドキュメント」の二項対立で考えてどちらかを選ぶことではありません。技術やメディアが進化するし、フィクションを含めた演出が考えられるかもしれない。

 被爆の惨状を伝えるよりよい方法や工夫を見つけるためにも、人形が問いかけた問題を私たちはいま一度考えてみるべきです。原爆に限らず、戦争や他者の痛みに思いをはせられる表現を前進させることにつながると信じて、プロジェクトを続けます。

    ◇

 菅亮平展「Based on a True Story」は10月14日まで原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)。被爆再現人形を撮影した写真作品や調査過程の記録映像なども。1体ずつ木材をあてがい制作したケースは、人形のいない空虚が、かえって人形の存在を想起させる。

かん・りょうへい
 愛媛県西条市生まれ。武蔵野美術大油絵学科卒、東京芸術大大学院美術研究科博士後期課程修了。2013年からドイツ・ミュンヘンと東京を拠点に活動。ミュンヘン国立造形美術アカデミー修了。東京芸術大非常勤講師を経て、20年広島市立大芸術学部講師。瀬戸内エリアの文化創生・振興にも取り組む。福山市でコンテンポラリーアートを企画・運営する「Setouchi L‐Art Project(SLAP)」総合ディレクター。広島市在住。

(2024年8月7日朝刊掲載)

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