社説 長崎の被爆体験者 「疑わしきは救済」の対応を
24年8月11日
長崎市はおととい、被爆79年を迎えた。平和祈念式典後、岸田文雄首相と被爆者が面会した場に、初めて「被爆体験者」が加わった。求めたのは、国が被爆者として認めることだ。鈴木史朗市長も平和宣言で「一刻も早い救済」を要請した。被爆体験者は高齢化が著しい。国は認定の在り方を早急に見直すべきだ。
被爆体験者とは、長崎原爆の爆心地から半径12キロ圏内のうち、被爆者援護法に基づく国の指定区域外で原爆に遭った人を指す。2002年にできた呼び方だ。被爆者とは区別され、被爆者健康手帳は交付されない。3月末時点で長崎県内外に6323人いる。
状況が似ているのが、広島原爆の「黒い雨」の被害者だ。こちらは21年7月の広島高裁判決で、指定区域外で黒い雨を浴びた原告84人全員が被爆者と認められた。当時の菅義偉首相は上告を断念し、原告と「同じような事情」にある人々の救済も検討する考えを示した。
被爆者認定の新基準の運用は22年4月に始まった。だが長崎の被爆体験者はこの対象になっていない。長崎では指定区域外で雨が降った客観的な記録がないことなどが理由とされる。対象を広げて財政負担を増やしたくないという政府の意図が見える。
被爆体験者と面会した首相は、同席した武見敬三厚生労働相に問題の解決に向けた調整を指示。厚労相は「早急に合理的な解決方法を検討する」と述べた。面会後、被爆体験者の岩永千代子さん(88)は「私たちの目の前で指示をしたということは、救済につながる道かなと思った」と前向きに捉えていた。
ただその場にいた厚労省幹部は「寝耳に水」と驚いていたという。省内に議論のベースが既にあるわけではなく、今後どう進むかは不透明だ。
厚労相の「合理的な解決」との表現にも注意が要る。かつて広島の黒い雨被害者は「科学的、合理的な根拠がない」として認定を却下されるケースがあった。そもそも戦時中の状況を、今から合理的に説明するのは難しい。
被爆体験者が広島の黒い雨被害者と同じように、被爆者として認められたいと思うのは当然だろう。岩永さんは首相に「私たちを被爆者と認めないのは法の下の平等に反する」と強く迫った。国は「疑わしきは救済」という被爆者援護の原点に立ち返り、認定するよう再考してほしい。
来年は被爆80年の節目を迎える。被爆体験者はそれだけ長い期間、心身の不調に加え、被爆者と認められない悔しさを味わってきた。もともと原爆被害は戦争という国の行為によってもたらされた。戦争を遂行した主体として、国には果たさねばならない責任がある。
被爆体験者訴訟の長崎地裁判決が9月9日に予定されている。その結果にかかわらず、政府は救済の網を広げる必要がある。強制不妊や水俣病など、被害者に対し国の不誠実な姿勢が司法の場で断罪される例が相次いでいる。早急に重い腰を上げ、誠実な対応に踏み出すべきだ。
(2024年8月11日朝刊掲載)
被爆体験者とは、長崎原爆の爆心地から半径12キロ圏内のうち、被爆者援護法に基づく国の指定区域外で原爆に遭った人を指す。2002年にできた呼び方だ。被爆者とは区別され、被爆者健康手帳は交付されない。3月末時点で長崎県内外に6323人いる。
状況が似ているのが、広島原爆の「黒い雨」の被害者だ。こちらは21年7月の広島高裁判決で、指定区域外で黒い雨を浴びた原告84人全員が被爆者と認められた。当時の菅義偉首相は上告を断念し、原告と「同じような事情」にある人々の救済も検討する考えを示した。
被爆者認定の新基準の運用は22年4月に始まった。だが長崎の被爆体験者はこの対象になっていない。長崎では指定区域外で雨が降った客観的な記録がないことなどが理由とされる。対象を広げて財政負担を増やしたくないという政府の意図が見える。
被爆体験者と面会した首相は、同席した武見敬三厚生労働相に問題の解決に向けた調整を指示。厚労相は「早急に合理的な解決方法を検討する」と述べた。面会後、被爆体験者の岩永千代子さん(88)は「私たちの目の前で指示をしたということは、救済につながる道かなと思った」と前向きに捉えていた。
ただその場にいた厚労省幹部は「寝耳に水」と驚いていたという。省内に議論のベースが既にあるわけではなく、今後どう進むかは不透明だ。
厚労相の「合理的な解決」との表現にも注意が要る。かつて広島の黒い雨被害者は「科学的、合理的な根拠がない」として認定を却下されるケースがあった。そもそも戦時中の状況を、今から合理的に説明するのは難しい。
被爆体験者が広島の黒い雨被害者と同じように、被爆者として認められたいと思うのは当然だろう。岩永さんは首相に「私たちを被爆者と認めないのは法の下の平等に反する」と強く迫った。国は「疑わしきは救済」という被爆者援護の原点に立ち返り、認定するよう再考してほしい。
来年は被爆80年の節目を迎える。被爆体験者はそれだけ長い期間、心身の不調に加え、被爆者と認められない悔しさを味わってきた。もともと原爆被害は戦争という国の行為によってもたらされた。戦争を遂行した主体として、国には果たさねばならない責任がある。
被爆体験者訴訟の長崎地裁判決が9月9日に予定されている。その結果にかかわらず、政府は救済の網を広げる必要がある。強制不妊や水俣病など、被害者に対し国の不誠実な姿勢が司法の場で断罪される例が相次いでいる。早急に重い腰を上げ、誠実な対応に踏み出すべきだ。
(2024年8月11日朝刊掲載)