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社説・コラム

天風録 『広島土砂災害10年』

 50歳の中学教諭ハカセは泣き崩れた。土砂災害で行方不明だった13歳の教え子の遺体を見て。被災現場で幼なじみのハチベエとモーちゃんにも出会う。それぞれ亡き人を思い、悲しみを分かち合いながら▲広島市出身の児童文学作家・那須正幹(まさもと)さんの「ズッコケ三人組」シリーズ最終作は広島土砂災害を題材にした。被災現場に出向き、報道記者にも話を聞いたとあって描写は生々しい。従来の痛快な冒険譚(たん)とは一線を画し、やりきれない読後感が残る▲77人もの命が奪われた災害からきょうで10年になる。未明の暗闇の中で突如、暮らしをのみ込まれた恐怖と無念はどれほどか。大切な人を失った心の傷痕も、深くえぐられたままだろう▲防災環境はずいぶん整った。削られた山肌には包帯のように砂防ダムが建ち、線状降水帯の予測研究も進んだ。安心感からか、被災地でも避難指示に従わない人が増えたと聞く。最後に命を守るのは自身の行動なのに▲冒頭の場面は、教師だった那須さんの父が被爆後に教え子を捜し回った実話が下敷きだ。シリーズ完結編は「より広島に近づいた感じがある」と語った。悲劇を乗り越えてきた街への遺言にも思える。未来へ備えよと。

(2024年8月20日朝刊掲載)

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