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連載・特集

緑地帯 天瀬裕康 原爆文学いま一度⑧

 これまで峠三吉、山口勇子、栗原貞子、正田篠枝、原民喜、大田洋子たち、主として6人の話をしてきたが、これは生年の新しい順、つまり「若い人」から書いていったのであった。

 一番若い峠は、最も短命だった。肺の手術が決まると、正田は懸命に反対し、多くの短歌を詠んでいる。もし峠が手術せず、抗生物質等で生き延びたとすれば、今年107歳。被爆作家は非業の死が多いが、大田の文学碑建立に尽力した栗原は、92歳まで生きた。一番年長の大田は「自分は原民喜に似ている」と言っており、これは非社交性の点を指しているのかもしれない。山口に限らず、全員が童話や少年少女小説を書くなど、共通点も少なくない。

 初回に紹介した志條みよ子さんが広島から廿日市へ転居した後の2008年ごろ、私は志條さんのご自宅を訪れ、原爆文学に対する考えを尋ねたことがある。約70年前の原爆文学論争の時と変わっていないというのだが、安易な態度で原爆を書く者に我慢ができなかったらしい。彼女も被爆者だったのだ。

 山口、栗原、正田、大田の作品を読み、改めて感じるのは、占領下にあった初期の反原爆言動では、女性たちの方が勇敢だった、ということである。もちろん男性の仕事を排除するのではない。被爆から79年がたち、原爆文学の重要性は増している。核兵器の使用が危惧されている現在、いま一度、多数で原爆文学のことを考えていただきたいのである。(作家・詩人=広島市) =おわり

(2024年8月23日朝刊掲載)

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