海自呉地方隊創設70年 第5部 基地と地域 <5> 観光
24年9月2日
艦船巡りやカレー 定着
旧軍港 売りに違和感も
「今日は特に多くの艦艇が泊まっています。ひときわ大きいのが護衛艦かがです」。8月中旬。ガイドの解説に約100人の観光客たちで満席の遊覧船内からは「おお!」「大迫力」と歓声が上がった。
本物に近づける
海上自衛隊呉基地(呉市)を母港とする護衛艦や潜水艦を海上から見学する「呉湾艦船めぐり」は2010年にスタートした。JR呉駅や大和ミュージアムに近い中央桟橋を発着点に1日最大6便が運航。約35分の航海では海自元隊員のガイドが艦艇の役割やスペックなどを詳しく紹介する。
大阪府の会社員向井智彦さん(50)は「本物にこれだけ近づける機会は貴重」。神戸市の神戸大3年の西本光言さん(20)は「艦艇の数と造船所の規模感がすごい。見応えがある」と興奮気味に話した。運営するバンカー・サプライ(広島市南区)によると、新型コロナウイルス禍前は年間約9万人が利用。今年は7月までに約4万9千人が乗船し、コロナ前の水準に回復しているという。
「海自に関わるコンテンツは呉観光の柱の一つになっている」と呉市観光振興課は強調する。艦船などで出されているカレーを再現して提供する「呉海自カレー」は事業開始10年目となり、定着した。本年度は市内22店が参加。店でもらえるシールを集めると景品と交換できる企画も好評だ。
女性向け漫画も
エンタメ業界でも海自をテーマにしたコンテンツが注目されている。講談社の女性漫画誌で2年前から連載する「海自とおかん」は、20代の隊員と年上のシングルマザーのラブストーリー。読者アンケートで1位になり、ファンが作品の舞台を訪れるなど波及効果も出ているという。
作者の上田美和さんは海自の協力を得て現役隊員に話を聞くなど呉で取材を重ね、自衛隊独特の言い回しや長期任務でデートがお預けになるといったリアル感を物語に盛り込んだ。担当編集者は「これまでの女性向け漫画になかった題材と設定が新鮮。制服姿のりりしさや規律正しいイメージも受けているのではないか」と話す。
一方で、海自を観光資源とすることに違和感を覚える市民もいる。まちづくりNPOの代表を務める同市の女性は「かつて軍港都市だったこともあり、海自を売りにしたコンテンツでは戦争の記憶がある国々からの観光客は取り込みにくいのではないか。提案する観光の幅をより広げていく必要がある」と話す。=第5部おわり (この連載は衣川圭、小林旦地、栾暁雨、仁科裕成が担当しました)
呉市の観光客
2023年に呉市を訪れた観光客は309万人で、新型コロナウイルス禍前の19年(376万人)に届かなかった。呉市と同様に海軍鎮守府がかつて置かれ、2016年に日本遺産に認定された旧軍港4市のうち、神奈川県横須賀市は891万人、京都府舞鶴市は197万人、長崎県佐世保市は494万人だった。4市にはいずれも海自の基地がある。
(2024年9月2日朝刊掲載)