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社説・コラム

『潮流』 「核なき世界」の旗

■論説主幹 山中和久

 岸田文雄首相が振ってきた「核兵器のない世界」の旗は、退任とともにお払い箱になるのか。曲がりなりにも同じ旗を掲げたバイデン米大統領も退任が決まった。

 過去に何度か岸田氏に思いを聞いた。その限りでは核軍縮をライフワークとする姿勢は揺るがぬようだ。昨年は広島で先進7カ国首脳会議(G7サミット)を実現。包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効や兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始を目指した。

 ただ、いずれも従来の日本外交の方針、言い換えれば西側の論理の枠内にとどまる。その象徴が、サミット議長としてまとめた核軍縮文書「広島ビジョン」なのだろう。

 広島も長崎も、敵か味方かを超えて「苦しみは私たちで最後に」と核廃絶を訴えてきた。その被爆地の名を借りて文書は核抑止力を肯定した。厳しい国際環境から「核兵器はまだ必要」との流れを変えられぬままだ。

 首相を退けば、外務省のくびきと距離が置けよう。今年の8・6前の本紙インタビューに「被爆者と核のない世界を目指す目標は間違いなく共有している」と語った。ならば人類存続の視点に立ち、汗をかいてもらいたい。手がけたものをここで放り出されては困る。

 国も立場も違うが、アル・ゴア元米副大統領を思う。大統領選に敗れ、在野の人となった。ドキュメンタリー映画「不都合な真実」などを通して地球温暖化の危機を訴え、2007年にノーベル平和賞を受賞した。

 ひとたび使われれば地球を破滅させる核兵器の存在こそ、「不都合な真実」である。そこから目を背けてはならぬ、と旗を振り続ける責任が岸田氏にはある。

(2024年8月31日朝刊掲載)

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