×

連載・特集

緑地帯 ささぐちともこ 被爆ギターの響き、未来へ⑧

 2019年5月、長編新人賞に応募した被爆ギターの物語「ラグリマが聞こえる」が最終選考まで残り、勢いで7月に東京で開催された長編の合評会に参加した。その懇親会でのこと、汐文社の編集長と話す機会を得た私は、被爆ギターの存在をアピール。運良く原稿を手渡すことができた。2カ月後、「弊社で出版したい」との連絡。さらなる書き直しを経て、20年の夏、ついに自分の本を書店に並べるという夢がかなった。

 だが物語はここから始まる。翌春、出版を機に広島で開かれた被爆ギター演奏会がメディアで取り上げられ、東京、静岡、大阪、長崎など県外からも演奏依頼が来るようになった。主人公の女の子ミオンは「この被爆ギターの響きを、たくさんの人に聞かせてあげてほしい」と訴える。彼女の願いは着実にかなえられつつある。

 今年3月のコンサート。被爆ギターで「ラグリマ」を奏でる石原圭一郎氏は、20年前にスペイン料理店で初めてその音色に魅了された時のギタリストだ。

 ギターの小さな響きは、時に耳を澄ませなければ聞こえない。私は「耳を澄ます」ことは「心の優しさ」だと思っている。会場に響く被爆ギターの小さな声に耳を傾け、広島の地で流れた数えきれない涙に思いをはせる観客。その涙が若い人たちに届いたなら、「希望」へと繋(つな)がっていく。彼らはこの先、優しさを胸に、戦争や核兵器のない未来を創ろうと行動してくれるはずだ。私はそう信じている。(児童文学作家=広島市)=おわり

(2024年9月6日朝刊掲載)

年別アーカイブ