天風録 『脱北に駆り立てるもの』
24年9月6日
37年前の大韓航空機爆破事件で、捕らわれの身となった北朝鮮の金賢姫(キム・ヒョンヒ)工作員は自身を中国人だと偽り続けた。死をも恐れぬ、その固い意志を崩したのはソウルの街への外出だった。道行く人の活気ある表情とおしゃれな身なり。貧しいと聞いていた露店に並ぶ時計や服は高級品に見えた▲「北では夢にも見られない空想の世界」。死刑判決、特別赦免を経て出した告白本「いま、女として」にある。工作員を変心させた異文化。北の独裁者が恐れるのは、まさにこれだろう▲外交官や軍人らエリート層の韓国亡命が増えている。金正恩(キム・ジョンウン)氏の治世では前任者の時代の既に2倍超と先日の本紙記事で知った。外国文化に触れられる立場が要因らしい。登用した人材に見限られ、独裁者はいら立っているに違いない▲流入の止まらぬ韓国文化の取り締まりが厳しくなっている。脱北者が証言している。農場で働く若者が韓国の歌や映画を視聴し、7人に流布させたとして罪に問われ、公開処刑されたと▲厚遇のエリートさえ逃げ出す国には、何人もの日本人が拉致されたままだ。この20年は一人も帰国していない。情報を限られ、逃げ出すすべもない人たちを忘れてはならない。
(2024年9月6日朝刊掲載)
(2024年9月6日朝刊掲載)