社説 長崎の被爆体験者訴訟 国の責任で全員救済せよ
24年9月10日
国の援護区域外にいて長崎で原爆に遭った被爆体験者44人(うち4人死亡)が被爆者健康手帳の交付などを求めた訴訟の判決で、長崎地裁は死亡2人を含む計15人の原告を被爆者と認定した。
被告の長崎県や長崎市などは「被爆に客観的証拠がない」「放射線の影響は認められない」などと主張したが、地裁は区域外の一部にも「黒い雨が降った」と判断し、その場所にいた原告を被爆者とした。
一部とはいえ救済の手が差し伸べられたことは前進だ。岸田文雄首相は先月、被爆体験者と初めて面会し「合理的解決ができるよう調整する」とも述べている。全面的な救済へ、国は県、市と共に努力してもらいたい。
被爆体験者は放射性物質を含む「黒い雨」や飛散物を浴び、がんや肺気腫など11種の疾病にかかったとして救済を求めてきた。しかし、国などは指定した区域の外であることを理由に、これまで十分な支援をしてこなかった。
長崎での援護区域は南北12キロ、東西は7キロ。ほぼ同心円状の広島とは違って、極めていびつな形になっている。行政区画で線引きしたことを国も認めており、そこに明確な根拠があるとも思えない。「自分たちも12キロ圏内にいたのになぜ被爆者と認められないのか」と、被爆体験者が憤るのも当然だろう。
長崎地裁の判断は「放射線による健康被害を否定できないことを立証すれば足りる」とした2021年7月の広島高裁判決を踏まえたものだ。科学的な線量推計より黒い雨による内部被曝(ひばく)を重視したことは、被害の実態をより反映させたものと評価はできる。
ただ、わずか数キロのエリアで降雨の有無がどこまで正確に把握できるのか。雨に限らず飛散物を吸引しても内部被曝は起こり得る。旧長崎市より東側の東長崎地区だけ降雨を認めて被爆者と認定した判断が、理不尽な線引きと闘ってきた原告の間に溝をつくってしまわないか気がかりだ。
住民の体験記などを厚生労働省が調査した結果、降雨の記述は41件だったのに対し、飛散物に関する記述は159件もあった。広島高裁が示した「疑わしきは救済する」という被爆者援護の画期的判決を踏まえれば、降雨があったとする区域の住民だけを、新たに被爆者に加える判断で十分だとは思えない。
1978年2月の衆院予算委員会で「極めて不合理な線引き」と援護区域を批判された小沢辰男厚生相は「科学的根拠というよりは、住民の人たちの不公平な感情を政治が取り除く判断をするかだ」と述べている。その宿題を長らく放置してきた政治の責任は重いと言わざるを得ない。
80年近く前の原爆被害を科学的に立証することはなかなか難しいはずだ。だとすれば個々の状況をよく踏まえながら、可能な限り柔軟に対応するしかなかろう。
被爆体験者は高齢化し、これ以上、訴訟を継続することに限界もある。岸田首相の後任を託される新政権は、国の責任で全員救済を図る政治的解決策を示すべきだ。
(2024年9月10日朝刊掲載)
被告の長崎県や長崎市などは「被爆に客観的証拠がない」「放射線の影響は認められない」などと主張したが、地裁は区域外の一部にも「黒い雨が降った」と判断し、その場所にいた原告を被爆者とした。
一部とはいえ救済の手が差し伸べられたことは前進だ。岸田文雄首相は先月、被爆体験者と初めて面会し「合理的解決ができるよう調整する」とも述べている。全面的な救済へ、国は県、市と共に努力してもらいたい。
被爆体験者は放射性物質を含む「黒い雨」や飛散物を浴び、がんや肺気腫など11種の疾病にかかったとして救済を求めてきた。しかし、国などは指定した区域の外であることを理由に、これまで十分な支援をしてこなかった。
長崎での援護区域は南北12キロ、東西は7キロ。ほぼ同心円状の広島とは違って、極めていびつな形になっている。行政区画で線引きしたことを国も認めており、そこに明確な根拠があるとも思えない。「自分たちも12キロ圏内にいたのになぜ被爆者と認められないのか」と、被爆体験者が憤るのも当然だろう。
長崎地裁の判断は「放射線による健康被害を否定できないことを立証すれば足りる」とした2021年7月の広島高裁判決を踏まえたものだ。科学的な線量推計より黒い雨による内部被曝(ひばく)を重視したことは、被害の実態をより反映させたものと評価はできる。
ただ、わずか数キロのエリアで降雨の有無がどこまで正確に把握できるのか。雨に限らず飛散物を吸引しても内部被曝は起こり得る。旧長崎市より東側の東長崎地区だけ降雨を認めて被爆者と認定した判断が、理不尽な線引きと闘ってきた原告の間に溝をつくってしまわないか気がかりだ。
住民の体験記などを厚生労働省が調査した結果、降雨の記述は41件だったのに対し、飛散物に関する記述は159件もあった。広島高裁が示した「疑わしきは救済する」という被爆者援護の画期的判決を踏まえれば、降雨があったとする区域の住民だけを、新たに被爆者に加える判断で十分だとは思えない。
1978年2月の衆院予算委員会で「極めて不合理な線引き」と援護区域を批判された小沢辰男厚生相は「科学的根拠というよりは、住民の人たちの不公平な感情を政治が取り除く判断をするかだ」と述べている。その宿題を長らく放置してきた政治の責任は重いと言わざるを得ない。
80年近く前の原爆被害を科学的に立証することはなかなか難しいはずだ。だとすれば個々の状況をよく踏まえながら、可能な限り柔軟に対応するしかなかろう。
被爆体験者は高齢化し、これ以上、訴訟を継続することに限界もある。岸田首相の後任を託される新政権は、国の責任で全員救済を図る政治的解決策を示すべきだ。
(2024年9月10日朝刊掲載)