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社説・コラム

天風録 『ヒロシマの羅針盤』

 穏やかで、近所の子どもにも「です」「ます」調で話す謙虚な人だったという。「声を荒らげる父を見た覚えがない」。絵本「おこりじぞう」を手がけた反戦詩画家、四国五郎さんの長男光(ひかる)さんが懐かしそうに語る▲生誕100年、没後10年にちなんだ催しが先ごろ、生まれ故郷の三原市大和町であった。会場は、四国さんが通った学校の元校舎だった。一室では数年前から「戦争を忘れるな」との念がこもる絵や詩を公開している▲この日、ある作品が見る人の足を止めていた。30年前に描いた「ヒロシマの夏」。原爆慰霊碑に向かう女子中学生たちと並ぶように、建物疎開に駆り出されて被爆死した男子中学生の行列が進む。四国さんは、亡き人との対話を続けてきたのだろう▲自身、人間扱いされぬシベリア抑留で辛酸をなめ、弟の被爆死に直面した。「戦争を起こすような、本当に悪い人間に対して、本気で怒れ」。物静かな父の表情が、そう説く時だけは一変したのを光さんは覚えている▲「戦争をしない政府」を選び取る。選挙権は、そのためにある―が信念だった。今、世界に戦火や火種が絶えない。<ヒロシマの羅針盤>という催しのテーマが身に染みる。

(2024年9月17日朝刊掲載)

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