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米被曝者「私たちが死ぬのを待つのか」 補償法 下院で採決されず失効 3千キロ往復 首都で50人抗議の旅

 1962年まで続いた大気圏内核実験の「風下住民」や、核兵器材料のウラン採掘に従事したがん患者らを対象とする米国の「放射線被曝(ひばく)補償法(RECA)」が6月、期限切れとなり失効した。期限延長と救済対象の拡大を盛り込んだ改正案が下院で採決に至らなかったためだ。核被害を訴える米西部の先住民は、24日から首都ワシントンで抗議活動をする。「私たちが死ぬのを待つのか」。当事者の訴えを聞いた。(金崎由美)

 ニューメキシコなど3州にまたがる先住民の準自治領「ナバホ・ネーション」や同州内のプエブロ族の居留地などに住む約50人が、同州アルバカーキ―ワシントン間の片道約3千キロをバスで行く。2時間の時差をまたぎ、片道約30時間。決意の長旅となる。

 ナバホ族のマギー・ビリマンさん(63)は甲状腺の疾患や慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)を患う。ネバダ核実験場の「風下地域」で育ったが、一部のがんなどに対象を限るRECAでは補償されないという。父を胃がんで失い、親類もがんに苦しむ。「病気が重く、一緒に旅するのを諦めた仲間も多い」

CF活用 旅費集め

 今年3月、上院は改正案を超党派の賛成多数で可決したが、下院で「予算上の懸念」が指摘され時間切れに。がんになっても補償金の新規申請はできなくなった。ビリマンさんたちは今回、科学者らでつくる「憂慮する科学者同盟(UCS)」の協力を受けながら、バザーやクラウドファンディング(CF)で旅費を集めている。首都ではジョンソン下院議長(共和党)との面会を求める。

 広島と長崎に投下した原爆を開発した「マンハッタン計画」を経て、冷戦期に大量の核兵器を製造した米国。核実験は、放射性降下物を拡散させた。第2次世界大戦後、政府は71年まで軍事用としてのウラン買い取りを保証していたため、民間業者が先住民の土地を次々と掘り起こした。九州と中国地方を合わせた面積よりやや大きいナバホ・ネーションでは、86年までに約3千万トンのウラン鉱石を産出。米環境保護庁の資料によると523の鉱山跡がある。多くが今も雨ざらしという。

 90年制定のRECAは、ウランの採掘や精錬、運搬の従事者や、核実験の現場従事者、風下住民に5万~10万ドル(約710万~1420万円)の一時金を支払う内容。健康管理手当や医療費給付がある日本の被爆者援護法と比べても、不十分に映る。

途絶えた救済の道

 しかも原爆投下に先立ち核実験が行われたトリニティ・サイトや原爆開発に由来する放射性廃棄物が投棄されたセントルイス(ミズーリ州)などの住民は対象外だった。72年以降のウラン採掘についても「ウランが軍事用ではなくなった」のを理由に排除してきた。

 改正案は、72年以降のウラン採掘や、セントルイスなども補償対象に含めていた。それだけに、課題は依然として残る法律でも、当事者の期待は大きかった。

 先住民の被曝問題に詳しい独立研究者の玉山ともよさん(兵庫県丹波篠山市)は「RECAは放射線曝露(ばくろ)の時期、対象地域や疾病などの条件を限定し過ぎている。病気にならないと申請すらできない」と指摘。「それでも4万1千人余に一時金が支払われてきた。失効により、特に職業被曝ではない風下住民にとって救済の道はなくなった」

 ビリマンさんは涙を流し訴える。「政治家に人間の心を持ってほしい。私たちはもう待てない」

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先住民差別 被害と地続き

 ナバホ・ネーションの北東部に住むフィル・ハリソンさん(74)は、高校生の時からウランの地下採掘に従事した。「現場を流れる水を飲んだ。防護服もなく、そのまま帰宅して家族も被曝した」。廃鉱の除染関連の作業もした。地下採掘に長年携わった父は44歳で肺がんのため亡くなった。

 「議会は私たちが死ぬのを待っているのか」とハリソンさんは訴える。ただ、抱える苦しみは被曝だけにとどまらない。

 連邦議会議事堂前では皆で先住民の踊りと演奏でデモをし、祈りをささげる予定だ。先住民はかつて採掘現場で勤務したことを証明する書類がなかったり、英語が分からなかったりして、救済されないまま亡くなった人が少なくないという。ハリソンさんは「私たちが白人だったら行政も企業も対応は違ったろう。被害はレイシズム(人種差別)だ」と強調する。

 歴史を見れば、後に入植した側が先住民は存在しないかのように土地を支配し、強制移住も伴った。戦後は安全保障や経済発展の名の下に先住民の土地を汚染させ、資源を独占―。植民地支配的な構造と核被害は地続きだ、という告発だろう。

 同時に、ハリソンさんは「われわれが冷戦期の安全保障に対応したことを認知すべきだ」、ビリマンさんも「亡き父はコードトーカー(太平洋戦争中のナバホ語の暗号通信兵)。『冷戦の愛国者』を見捨てないで」と力を込める。RECAには、核超大国の国防への貢献に対する謝意という位置付けもある。

(2024年9月23日朝刊掲載)

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