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被爆者のトラウマ 生活史から再考 広島大特別研究員 愛葉さん本刊行 被爆地外で生きた5人たどる

 被爆者は、原爆によるトラウマ(心的外傷)とどう折り合いをつけながら生きてきたのか―。広島大特別研究員の愛葉由依さん(31)が「原爆被爆者の暮らしとトラウマ」=春風社=を刊行した。広島、長崎で被爆した後に両県外で暮らしてきた人たちの生活に着目し、専門の人類学の視点から考察している。

 愛知県愛西市で育った愛葉さん。隣に住んでいた祖父(2019年93歳で死去)が広島で原爆に遭った事実は幼い頃から知っていたが、怖さが先に立ち、聞くのを避けてきたという。

 初めてじっくり耳を傾けたのは大学3年の時。たまたま履修した講義のリポートを書くためだった。原爆が投下された翌日から、大竹海兵団の衛生兵だった祖父が、広島市内で救護活動や遺体処理に携わった状況を聞き、被爆者の人生への関心が高まった。

 祖父と何度も広島を歩いて記憶をたどった経験は19年に一冊の本に。愛知県の被爆者組織「愛友会」にも出入りするようになり、つらい記憶を忘れるため被爆地から転居したり口を閉ざしたりした人がいる実情を知った。被爆地の外で暮らす被爆者のトラウマ研究につながった。

 本書は名古屋大大学院での博士論文に大幅加筆した。祖父をはじめ愛知県や米国などで暮らす被爆者5人の聞き取りを軸に、生活史をたどり居住環境やライフイベントなどに着目。愛友会の活動や被爆者に対する医療や法整備の歴史、社会の動きなど多様に絡み合う要素を踏まえ、一人一人の記憶をたどる実践だ。その上で「真剣に興味を持って寄り添ってくれる他者」と時間を共有することで被爆者がトラウマと折り合いをつけていることを明らかにしていく。

 愛葉さんは「体験の継承はパスされ受け取るだけの直線的なものではなく、共にたどり直すような営みもあると思う。今後も継承の在り方を探っていく」と話す。A5判、352ページ。4730円。(森田裕美)

(2024年9月23日朝刊掲載)

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